「へぇ。一人暮らしでもするの?」
言いながら、手元の本に視線を落とす。
みぃちゃんの顔を見るのが怖い。
次に返ってくる言葉が、どういうわけか僕には予想できてしまった。予想外の言葉が返ってくることに、淡い期待を抱きながら、まったく頭に入ってこない文章を眺め続ける。
「……結婚、するんだ」
波音に飲まれてしまいそうなほど、小さな声だった。
「――えっ?」
ここ最近、夜遅くに、みぃちゃんの家の前にベンツが停まっているのを何度か目撃した。
そこから降りてくるみぃちゃんと、運転席に座る男の人の関係は、高校生の僕には容易に想像ができた。
せいぜい、同棲くらいだろう。
そう思っていた僕の予想は違う形で外れ、思わず顔を上げていた。
みぃちゃんは、照れくさそうに微笑んで、左手の薬指にはめた銀色の輪っかを、僕に見せてきた。
「プロポーズされたの」
その輪っかには、ダイヤモンドのような石が載っかっている。キラキラと眩しく光るそれは、みぃちゃんとはあまりにも不釣り合いで、なんだかおかしかった。
恥ずかしくなったのか、みぃちゃんはその手を引っ込めると、右手で優しく石を撫で始めた。
「会社の上司の人なんだけどね、インターンのときからすごく親切にしてくれて、もうなんかね、大人って感じで」
矢継ぎ早に話すみぃちゃんに違和感を抱きながら、その横顔を見つめることしかできなかった。
「――たっちゃんは、どう思う?」
「どう思うって、何が?」
みぃちゃんは、垂れている長い黒髪を左耳に掛けると、
「わたしが、誰かと結婚しちゃうこと」
そう言った。
「別に、いいんじゃない?」
「えぇ。ちょっと冷たくない? 少しは寂しがってよぉ」
からかわれていると思った。
僕の気持ちなんてつゆ知らず、軽はずみな言葉を口にするみぃちゃんに、少々腹が立つ。
「寂しくないよ。もう子どもじゃないし」
ムキになって、そんなことを口走った。
みぃちゃんは、困ったように笑いながら、そっか、と呟いた。