涙でうるむその目に、約束よ、と念を押すひたむきな思いがこもっているのがわかり、

「うん」

 自信はなかったけど、迷わずうなずいた。

 僕の腕のなかで薄れていくチヒロを視界にとらえていると、もうあまり時間がないのだと嫌でも見て取れた。

 こみあげる涙の予兆で喉がカッと熱くなり、痛みをもたらしてくる。
 泣く一歩手前のじぶんをけっ飛ばし、僕はむりやり声を押し出した。

「俺もすっごく楽しかった。めちゃくちゃハッピーだった。チヒロのおかげでいろんなことに気づけたんだ。
 ──チヒロは可愛い。頭もいい。字がきれい。しっかりしてる。礼儀正しい。やさしくて思いやりがある。がんばり屋。じつはスタイルがいい」

「えぇ。なに、やめてぇ。ヨシくん、急になに言いだすの」

 チヒロは僕のほうへ向き直り、恥ずかしさと困惑をまぶしたような顔をした。
 見張った目に、すこし生気がもどっている。

「チヒロのいいところを思いつくまま言ったんだよ。俺にとっても最高の彼女だから」

 そう。唯一無二(ゆいいつむに)の最高の恋人。
 だから腕のなかにいるチヒロを離したくない。

 狂おしいほど、いまもチヒロを求めている。

 このまま時が止まってしまえばいい。

 それが本心。

 だけど、僕のエゴでもあるとわかっているから──。
 
「……ねえ、俺からもお願いがあるんだ。いまからチヒロのうちに行ってみよう。俺がお母さんに話してみる。チヒロがすぐそばにいるって」

 そうチヒロに提案した。

「いま? でも、家にいないかもしれない。仕事してるし」

「行ってみなきゃわからないよ」

「それに……家に着く前に、わたし消えちゃうかも……」

「行動するまえにあきらめたら、そこで終わりだよ。とにかく行こう。来て!」

 チヒロの叶わなかった願い──。

 お母さんと心をかよわせること──。

 それをどうしても叶えたい。

 チヒロのために、なすべき機動力が全開になった。

 免許証の入った財布をハーフパンツのポケットに突っこみ、階段を駆けおりる。

 階下(した)に着いてふり返るとチヒロはまだ階段の手前にいて、バンジージャンプ台の上で二の足を踏んでいる人みたいな顔で突っ立っている。

「チヒロ、早く。おいで」

 大丈夫だと自信ありげにっこり笑い、僕は大きく両手を広げた。

 チヒロはようやく迷いをぬぐった笑顔になり、僕のもとへ、ふわりと飛びこむようにおりて来た。