ヨシカワチヒロさんは3学年の8クラスあるなかで、いったい何組にいるのか。
それを探すのが最初の関門だった。なにしろ生徒名簿や住所録のたぐいは、いっさい配布されていないのだ。
ストレートに教師にたずねる──の選択肢は、まずソッコーで消えた。
ぜったい不審がられるし、理由を追及されるに決まってる。
こうなったら各クラスの知り合いに、こっそりきいてまわるしかないか。
日ごろは機動力に欠ける僕なのだが、つぎの日からさっそく行動を開始した。
朝、まずはチャリの鍵を届けてくれた野上さんに礼を伝え、それから1組へ行って知った顔を探した。
クラスは1年の秋に提出した、進路希望書にそって編成されている。
1組から3組は文系進学。4組から6組は理系進学。7、8組は芸術、体育、専門、就職だ。
選択授業でもヨシカワチヒロという名前を聞いた覚えがないから、たぶん文系ではない4組以降に在籍しているんじゃないか。
そう踏んだけど、念のため1組から順に当たってみることにした。
クラスは違っても、朝の騒がしさはどこも変わらないと、1組の教室を眺めていて思う。グループ形成まで似通っている。
華やかで目立つ大輪の花の一群。
影が薄いのも際だつのも混じっている、小花の数群。
そしてどこにも群生せず、ぽつん、ぽつんと単独で細い根を張っている雑草の数株。
このなかに、ヨシカワチヒロさんがいるかもしれない。
そう考えると動悸が速まり、耳もやけに熱くなった。
フラットな精神状態を取りもどすため、すうっと鼻から息を吸う。
デオドラントスプレーを身体に吹きかけてきたけど、なんの匂いも感じられない。
とはいえ、汗の臭いは抑えられているはずだ。たぶん……。
昨日、デオドラントスプレーを購入すべく下校途中にドラッグストアに立ち寄り、どのメーカーのどんな香りのものにするか、1時間近く試供品を試しまくったのだ。
でも決め切れず、けっきょくもっとも無難な無香料のものを選んだ。
それでわかった。
僕は神部みたいに、じぶんに合う香りを自信を持ってつけられる男の域には、まだまだ到達できそうもないと……。
教室を見渡すと小グループでかたまっている地味な男子のなかに、1年のとき同じクラスだった生徒を見つけた。
小柄で幸薄そうな顔をした佐藤だ。
存在感がえらく薄かった彼とは必要事項程度の会話しか交わした覚えがないが、知り合いであることには違いない。
「佐藤! 佐藤!」
戸口に立ち、教室内の騒がしさにかき消されないよう声を張って呼んだ。