その顔に僕をからかうような、挑発(ちょうはつ)しているようないたずらっぽい、それでいて僕にすっかり心を許しているとほのめかしているような、そんな笑みが広がった。

 つかまえてみて。わたしを──。

 チヒロの心の声が聞こえたような気がして、

「チヒローーーっ!」

 僕のなかのこらえ切れない思いが爆発し、チヒロの名前を叫んだ。

 襲いかかるふりをして、チヒロに近づいていく。

 きゃぁーっ、と黄色い声をあげて、チヒロはしなやかに向きを変え、逃げていった。

 追いかける僕の足が海底につくか、つかないか。あやしくなってきたところで、チヒロはすっと海中に沈みこんだ。

 大きく息を吸いこみ、僕もあとにつづく。
 しゃがむように海のなかにもぐった。

 両手を伸ばして、チヒロを背後から抱きこむ。

 チヒロはくるりと身体を反転させて、僕と向きあった。すごく照れくさそうだ。

 キャミソールで隠れたチヒロのお腹や胸が、僕の身体にかさなっては離れ、かさなっては離れていく。

 鮮やかな黄色の小魚が十数匹の群れをなして、すぐそばを泳いでいった。

 僕たちは海から顔を出し、こそばゆそうに笑いながら、ついばみあうようなキスをした。

「チヒロ。きれいだよ。最高に……」

 そうささやきながら、もう一度顔を近づけようとすると、

「……やだ……」

 とチヒロが顔をうつむけた。

「なんで」

「だって……未練がでちゃうもん。ヨシくんに……」

「いいじゃん。でてよ。もっと。いっぱい。俺に……」

 薄紅色に頬を染めたチヒロは、恥じらいながらもゆっくり目線を上げて、僕を見た。

 その頬の輪郭に僕は左手をそえて、すこしだけ上に持ち上げる動きをした。

 それに呼応(こおう)するように、チヒロが顔をこころもち上げる。

 チヒロは逃げずに、僕のキスを受け止めてくれた。