チヒロだってほんとうは、水着姿でこの砂浜に立ちたかったはずだ。
胸が、ぎゅっとねじられたように痛くなった。
「チヒローっっ!」
たまらなくなった僕は彼女の名を高らかに叫び、持参していた荷物を放ってチヒロを追いかけた。
Tシャツと短パンを着たままだけど、かまやしない。
胸まで海水に浸かっているチヒロのところへ、波に逆らい、大股で進んでいった。
ぬくまった水が、僕の薄いすね毛をくすぐるように撫でていく。
「ヨシくん……?」
僕の必死な形相の意味がわからなかったのだろう。チヒロはふしぎそうな顔をした。
海中のチヒロの身体は地上で見るよりも、いっそう透明度が増していた。
まるで水彩絵の具で描かれたみたいに、外形をかたちづくる線がにじんではっきりしない。
水の精かと思うほど幻想的だった。
「ごめんっ、チヒロ」
息せき切って頭を下げた。
弁解になってしまうけど、言う。
「ぜんっぜん浮いてないよ、チヒロは。ビーチで制服着てたって浮いてないから。だから、気にしないで。
俺さ、女子の水着姿に慣れてなくて……、女の子と付き合った経験もないし……。
だからさっき目のやり場に困ったのは事実だけど……。でもっ!
チヒロは俺にとって別格の存在なんだ。 チヒロはただ、いてくれるだけでいい。
めっちゃ大好き。
いや、その気持ちはとっくに超えてて。 はっきり言って……あ、愛してる。チヒロだけを。俺の言葉……信じて……くれる?」
固唾を飲むような面持ちで僕の話に耳をかたむけていたチヒロの目が、ほわっと細くなった。
「知ってるよ」
軽くやわらかな声で、そう僕に答える。
恥ずかしげに微笑むチヒロの頬が、薄紅色に染まりだした。
「ヨシくんの気持ちにうそはないってわかってる。わたしもヨシくんを……」
“あい、してる……”。
そう囁きながら、チヒロは赤みの強まった顔を僕へ近づけてきた。
鼻と鼻が、至近距離に迫っている。
チヒロは目をつむっていた。
薄茶色の長いまつ毛が僕の目の寸前にきて──止まる。
時間にして、1秒あったか、なかったか。
突風が去るように、チヒロの赤い顔が離れていった。
顔面全体どころか、チヒロの耳や首まで真っ赤になっている。
……え……?
……もしかして、キス……?
キス……なのか、いまのは。
くちびるが触れた感触は──ない。
でもキスだ。チヒロが、キスをしてくれたんだ!
上目づかいに僕を見やり、ういういしくはにかむチヒロのしぐさからキスを確信した頭のなかに、“ドッドーン”と大輪の花火が打ちあがった。
涙ぐむような甘い感動が僕の胸を強く揺さぶり、頭の芯までとろけさせていく。
夢を見ているような心地にひたりつつも、ぽうっとしているわけにはいかず、僕からの思いを伝えるため、言った。
「チヒロ。俺の目を見て」
「え……」
チヒロは一瞬ためらい、でもわずかにあごをあげて、僕の黒目に焦点を合わせた。
「まぶたを閉じて」
「え……」
「まぶたを閉じて」
チヒロは羞恥心と必死に戦っているような顔をしつつ、3回まばたきした。
そして僕の言う通り、ゆっくりまぶたを閉じた。
眉が落ちつかなげにピクリ、ピクリ、と動いている。
薔薇色のくちびるは固く引き結ばれてはいなかったけど、ちょっと力が入っているようだった。
僕はそのくちびるに、じぶんのくちびるを近づけた。
チヒロのくちびると、僕のくちびるが……合わさった。
感覚的にそうわかった瞬間、僕も目をつむった。
僕からチヒロへ、お返しのキス。
閉じたまぶたの内側に、太陽のだいだい色の光があふれていった。
あったかい。
ふしぎだ。くちびるもじんわり温まっていく気がする。
心地よくて……。
幸せで……。
満たされて……。
チヒロと触れあっている……。
目がくらむようなひとときに、僕はすっかり陶酔していた。
「……ヨシくん」
チヒロに呼ばれ、え、とおかしく思って目を開けた。
えええーーーっ!
チヒロはいつのまにか僕から3歩くらい離れたところにいて、気まずさと照れをまぜたような笑いを浮かべている。
「うそだぁ。俺、ずっとひとりで間の抜けた顔してたの? 恥ずっ」
足の先から頭のてっぺんまで沸騰しかかっていると、
「ずっとひとりでじゃないけど……ちょっとだけ。ごめんね。恥ずかしくて、耐えられなくなっちゃったの。キスが……長いから……」
チヒロは、そろりそろりとうしろへ下がっていく。
胸が、ぎゅっとねじられたように痛くなった。
「チヒローっっ!」
たまらなくなった僕は彼女の名を高らかに叫び、持参していた荷物を放ってチヒロを追いかけた。
Tシャツと短パンを着たままだけど、かまやしない。
胸まで海水に浸かっているチヒロのところへ、波に逆らい、大股で進んでいった。
ぬくまった水が、僕の薄いすね毛をくすぐるように撫でていく。
「ヨシくん……?」
僕の必死な形相の意味がわからなかったのだろう。チヒロはふしぎそうな顔をした。
海中のチヒロの身体は地上で見るよりも、いっそう透明度が増していた。
まるで水彩絵の具で描かれたみたいに、外形をかたちづくる線がにじんではっきりしない。
水の精かと思うほど幻想的だった。
「ごめんっ、チヒロ」
息せき切って頭を下げた。
弁解になってしまうけど、言う。
「ぜんっぜん浮いてないよ、チヒロは。ビーチで制服着てたって浮いてないから。だから、気にしないで。
俺さ、女子の水着姿に慣れてなくて……、女の子と付き合った経験もないし……。
だからさっき目のやり場に困ったのは事実だけど……。でもっ!
チヒロは俺にとって別格の存在なんだ。 チヒロはただ、いてくれるだけでいい。
めっちゃ大好き。
いや、その気持ちはとっくに超えてて。 はっきり言って……あ、愛してる。チヒロだけを。俺の言葉……信じて……くれる?」
固唾を飲むような面持ちで僕の話に耳をかたむけていたチヒロの目が、ほわっと細くなった。
「知ってるよ」
軽くやわらかな声で、そう僕に答える。
恥ずかしげに微笑むチヒロの頬が、薄紅色に染まりだした。
「ヨシくんの気持ちにうそはないってわかってる。わたしもヨシくんを……」
“あい、してる……”。
そう囁きながら、チヒロは赤みの強まった顔を僕へ近づけてきた。
鼻と鼻が、至近距離に迫っている。
チヒロは目をつむっていた。
薄茶色の長いまつ毛が僕の目の寸前にきて──止まる。
時間にして、1秒あったか、なかったか。
突風が去るように、チヒロの赤い顔が離れていった。
顔面全体どころか、チヒロの耳や首まで真っ赤になっている。
……え……?
……もしかして、キス……?
キス……なのか、いまのは。
くちびるが触れた感触は──ない。
でもキスだ。チヒロが、キスをしてくれたんだ!
上目づかいに僕を見やり、ういういしくはにかむチヒロのしぐさからキスを確信した頭のなかに、“ドッドーン”と大輪の花火が打ちあがった。
涙ぐむような甘い感動が僕の胸を強く揺さぶり、頭の芯までとろけさせていく。
夢を見ているような心地にひたりつつも、ぽうっとしているわけにはいかず、僕からの思いを伝えるため、言った。
「チヒロ。俺の目を見て」
「え……」
チヒロは一瞬ためらい、でもわずかにあごをあげて、僕の黒目に焦点を合わせた。
「まぶたを閉じて」
「え……」
「まぶたを閉じて」
チヒロは羞恥心と必死に戦っているような顔をしつつ、3回まばたきした。
そして僕の言う通り、ゆっくりまぶたを閉じた。
眉が落ちつかなげにピクリ、ピクリ、と動いている。
薔薇色のくちびるは固く引き結ばれてはいなかったけど、ちょっと力が入っているようだった。
僕はそのくちびるに、じぶんのくちびるを近づけた。
チヒロのくちびると、僕のくちびるが……合わさった。
感覚的にそうわかった瞬間、僕も目をつむった。
僕からチヒロへ、お返しのキス。
閉じたまぶたの内側に、太陽のだいだい色の光があふれていった。
あったかい。
ふしぎだ。くちびるもじんわり温まっていく気がする。
心地よくて……。
幸せで……。
満たされて……。
チヒロと触れあっている……。
目がくらむようなひとときに、僕はすっかり陶酔していた。
「……ヨシくん」
チヒロに呼ばれ、え、とおかしく思って目を開けた。
えええーーーっ!
チヒロはいつのまにか僕から3歩くらい離れたところにいて、気まずさと照れをまぜたような笑いを浮かべている。
「うそだぁ。俺、ずっとひとりで間の抜けた顔してたの? 恥ずっ」
足の先から頭のてっぺんまで沸騰しかかっていると、
「ずっとひとりでじゃないけど……ちょっとだけ。ごめんね。恥ずかしくて、耐えられなくなっちゃったの。キスが……長いから……」
チヒロは、そろりそろりとうしろへ下がっていく。