引っ越し作業のアシスタントは時給がいいだけあって、むちゃくちゃきつい仕事だった。

 覚悟はしていたが、やはり力仕事。
 まったく身体を(きた)えていない身にはめっちゃきつく、勤務初日からギブアップしそうになった。

 まず、暑い。夏だからあたりまえだが、引っ越し当日の客先はたいていエアコンが止まっていて、窓を全開していてもなかは蒸し風呂状態だ。

 屋外に出れば出たで、灼熱(しゃくねつ)にさらされる。それにどっしり重いものを運ぶから、とにかく腰にくる。

 とうぜんながら荷物に傷をつけるのはご法度(はっと)で、細心の注意が必要だ。その点でも神経疲れする。

 筋肉の痛みが取れないまま重いものをかかえ、激痛に顔をゆがめれば先輩から、

「腕の骨が折れたって、荷物だけは落とすんじゃねぇぞ」

 と冗談めかして(おど)された。

 チームを組む先輩のなかには口が悪い人もいたけど、根はやさしくて、ジュースをおごってくれたり、お客さんから頂戴(ちょうだい)した心付(こころづ)けを平等に分けてくれたりした。

 日焼けが濃くなっていくにつれて、僕の体力も向上していく。
 死にそうな疲労感に襲われる日はなくなり、父さんは、

「おお、精悍(せいかん)な顔つきになってきたな」

 母さんは、

「なんか、たくましくなってきたんじゃない」

 と揃って顔をほくほくさせた。

 僕が働いている姿を見てみたいとチヒロが同行した日は、いつにも増して張り切った。
 その結果、家に帰ったとたん電池切れを起こし、気絶したように眠りこけるはめになった。

 夏休みのメインイベントは、なんといっても宮古島旅行だ。

 でも、それだけじゃ飽きたらない。バイトが休みの日はチヒロと都内の水族館や植物園へ出かけて行った。

 まわりに人がいるときはチヒロに話しかけられないので、(ひとりごとを言ってるヤバイやつと警戒される)、スマホのメモ機能で文字入力し、チヒロに読んでもらった。

 ふたりで同じものを見て、笑う。

 感動する。びっくりする。

 ああだ、こうだと、感想を交わしあう。

 チヒロといると最高に楽しい。

 僕のなかへ、できたての幸福をそそぎ足してくれる。

 心が満たされるって、こういうことなんだって実感する。

 チヒロがこの世でやりたかったことを、いっしょに叶えていく。

 チヒロの気持ちを、じぶんごと同然に考える。

 それがチヒロのためであり、僕の使命だと思っていた。

 でもいまは僕自身のために、チヒロは無くてはならない人になっている。

 チヒロがいるから僕はなんでもがんばれる。しぜんとパワーがわいてくる。

 モチベーションがあがらなくてだらけていた僕の心の扉を開け、背中を押す風を吹きこませてくれた。

 革命的な大進歩を起こし、きちんと将来を思い描けるようにしてくれたのだ。

 そこそこいい会社へ就職できるよう、このまま勉強をがんばって、まずは大学へ進もう。

 社会人になったら、チヒロとふたりだけの生活を楽しめる家を持とう。

 チヒロの庭をつくるために、一軒家がいい。

 チヒロの好きな花を植えて、母さんが作りあげたような花畑をこしらえるのだ。
 色とりどりの花が年中あふれかえっている、そういう庭を──。

 叶えられるかどうかわからない夢ではなくて、それは僕にとって、ぜったい実現すべき目標になっていた。


 * * * 


「14日の水曜日、お盆だからお墓参りとカズユキおじさんの家におじゃまするけど、善巳はどうする?
 湯河原(ゆがわら)のおじいちゃんおばあちゃんもいらっしゃるって」

 うだるような暑さがつづく8月のはじめ、朝の食卓で母さんにきかれた。

 精がつくようにと、朝からショウガ焼きバーガーだ。

 いい感じで()げ目がついたライスバーガーでサンドされ、醤油(しょうゆ)ベースの甘じょっぱい手づくりタレは、うなるほどバカうまい。
 母さんは料理の腕で食べていける人だと、マジで思う。