「そう。ヨシくんと同じタイプの、三つの数字を合わせるダイヤル錠。
 番号は誰にも教えてないから、特別な器具を使って錠を切断したのね、きっと。
 べつに見られて困るようなものは入れてなかったから、いいんだけど」

「なにしてんのっ。よそのクラスのロッカーの前でさ!」

 とつぜん背後から、とがめるようなきつい声が響いた。

 どきっとしてふり返ると、コブがいた。僕をうろんな目つきでとらえたまま、小股(こまた)歩きで近づいてくる。

「いや、べつに。あ、ここの……42番の扉がちょっと開いてたから、閉めといたんだよ。通りがかりに目に入ってさ」

 とっさに言いつくろったが、コブは不信感をこめた目をくずさない。
 なにかを疑っているコブの表情よりも、妙に青白い顔色と、むらさきがかったくちびるが気になった。

「平井くん、なんか顔色悪く見えるけど。大丈夫か」

「ああ……」

 コブは急にぐったりした顔つきになった。

「わかる? 保健室で横になってたんだよ。終業式の最中に気分が悪くなってさ。あれって殺人行為だよね。
 あんな蒸し暑い体育館で、生徒を立たせたまま長話を聞かせるなんて。軍隊じゃないんだからさ」

 コブはいまいましげに、ふんっと鼻息をついた。

「病院、行かなくていいのか。たぶん熱中症だろ、それ。平井くん、ひとりで帰れんの? 家って、たしか中野だよな」

「ああ。もうだいぶ気分がよくなったから大丈夫だよ。それにしても意外だな。
 鴨生田くん、僕の家が中野ってこと、よく覚えてたね。僕の話なんかニワトリみたいに、三歩歩いたら忘れる人だと思ってたけど」

 おいおい、失礼だろ。

 身もふたもない言いぐさに、引きつった半笑いで応えた。

 無神経なコブは平然といったようすでロッカーに近づき、話をもどした。

「鴨生田くんが良からぬ考えを持って人のロッカーを開けようとしてたとは思わないけど、あやしげな行動を取ってるって疑われるよ。
 現に僕は見たんだから。吉川さんのロッカーの鍵をいじってたやつを」

「えっ!」

 つい、でかい声が飛び出てしまった。

「吉川さんって、平井くんのクラスの、事故で亡くなった、あの吉川さん?」

 チヒロをチラっと見た。ぞっとした顔つきで、目を見張っている。

「うん。ここ、42番を使ってたんだよ、吉川さん」

「だ、誰を見たんだよ。知ってる人?」

 声がうわずった。

 コブは僕につつっと身を寄せると、声量を落として言った。

「鴨生田くんだから教えるけどね。うちのクラスの“伊原”って男だよ。今年の5月のことさ。
 僕はたいがい7時半に登校して教室で自習してるんだけど、早起きし過ぎて7時に来たことがあったんだ。
 そしたら伊原がロッカーの前にしゃがみこんで、こそこそ何かしてたんだよ。うちのクラスはじぶんの出席番号と同じ数字のロッカーをあてがわれてるから、伊原がうしろのほうの番号のロッカーを触ってることじたい不自然なんだ。
 彼は2番。ほら、一番右端の上から2番目が彼のロッカーだから」

 コブはその方向に、肉のついたまるいあごをくっと向けた。

「なんかあやしいなって僕のアンテナがピピッて反応して、そーっと近づいていったんだ。
 そしたら42番のロッカーのダイヤル錠をいじってたんだよ、伊原は。
 僕がわざと(せき)ばらいすると急に立ちあがって、しれっと『なんだ、平井か。早いな』って言ったんだ。すこしもあわてずね。
 伊原が何をしてたのか問いただしたかったけど、どうせシラを切るに決まってるから、無視して教室に入ったよ。
 伊原はどこかへ行って、ホームルームがはじまるころにもどってきたけど。
 そのときは42番のロッカーを誰が使ってるのか知らなかったんだ。
 気になってひそかに観察して、吉川さんだってわかったんだよ。
 吉川さんに伊原がしていたことを教えようかと思ったけど、やめておいたよ。
 大ごとになって、伊原から恨みを買いたくないからね。
 なんかアイツ、おとなしくて感じよさそうに見えるけど、なにを考えてるのかわからない目をしてるときがあるんだよね。
 裏表があってじつは陰険(いんけん)な性格なんだ、きっと。
 さわらぬ神に(たた)りなしって言うじゃない。
 まあ、それにさ、吉川さんのロッカーが開けられてるのを目撃したわけじゃないし。 言うなれば未遂(みすい)だったわけだし。
 吉川さんにしても馬鹿じゃないから、簡単に推測されるような番号を使ってないだろうしね。うん……」

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 コブと別れてじぶんの教室にもどってみると、残っている人は誰もいなくて、ものさびしさを感じるほどひっそりしていた。

 非日常感が漂う白昼の静寂を埋めるように、遠くからかすかに管弦楽器の音が聞こえてきた。