チヒロが僕の家で暮らしはじめて1週間が経った。
僕たちは、ほとんどの時間をいっしょに過ごしている。
朝はチヒロをクロスバイクに乗せて登校し、授業を受ける。
チヒロは教室のうしろで先生の話を傾聴したり、授業風景を眺めたりしている。
そんな具合だから毎日が授業参観のような緊張感で、僕は1秒たりとも居眠りができなくなった。
ほかの女子にがっかりされるのはぜんぜんかまわないが、チヒロにだけは失望されたくない。
僕にとっていまいちばん怖ろしいのは、『蛙化現象』を起こされることだ。
ここ数カ月まともに取っていなかったノートが、みるみる下手くそな字で埋まっていく。
期末テストが迫っているのだ。僕のやる気が、再び燃えだした。
授業が終わればいっしょに帰宅し、夕飯までテスト勉強に励んだ
以前のようにだらだらとテレビを観たり、マンガを読みふけったり、ゲームをすることができないのは正直しんどいが、チヒロにいいところを見せたい一心でじぶんの尻に火を点けた。
とはいえ、さぼっていたツケは大きくて、すぐに挽回できるものではなかった。
夜の1時間はチヒロとしゃべったりテレビや動画を観て、せめてもの息抜きを確保したけど、あとの時間は睡眠をけずって、ひたすら勉強した。
「ヨシくん、そんなに根を詰めなくても。身体こわしちゃいますよ」
勉強家なチヒロが心配するほど、僕はガチでがんばっていた。
「いや、大丈夫。もうちょっとだけやったら終わりにするから。
ごめんね。チヒロのやりたいことをいっしょに叶えていこうって約束したのに、あんまり時間が取れなくて。
テストが終わったら思いっきり遊ぼう。それを楽しみに、俺、がんばるよ」
「わたしのことは気にしないで。こうやってそばにいられるだけで、じゅうぶんだから」
なんて健気でうれしいことを言ってくれるのか。
チヒロの言葉に、ぐっと胸がつまった。
「ありがと。チヒロは、もう寝なね」
「あ、はぁい……」
テスト3日前のこの夜、僕に気を使ってチヒロはなかなか眠ろうとしなかった。
でもしばらくして見返してみると、ベッドの端っこで横向きになり、しずかに寝入っていた。
チヒロは空腹感をもよおさないし、汗をかかず、トイレにも行かない。だが眠りに落ちるという生理現象は、なぜかやってくるのだ。
同じベッドで彼女と眠る──なんて夢のようなシチュエーションにまだ慣れなくて、つい熟睡中のチヒロをぽうっと見てしまう。
チヒロが僕の家に来た日から、いっしょに寝ていたわけじゃない。
「同じ部屋で寝るのは恥ずかしい」と顔を赤くして拒む彼女の気持ちをくんで、当初は一階の客間を使ってもらっていたのだ。
けれど、ひとりで夜を明かすのは怖いし、寂しかったらしい。
3日目のこと、朝目覚めると僕の部屋のラグマットの上に、胎児のようにまるまった姿勢で横たわるチヒロがいた。
「やっぱり、ヨシくんの部屋にいさせて……」
恥ずかしそうにちいさな声で請うチヒロのお願いを、聞かないなんて選択肢が僕にあるわけがなかった。
だけど、『僕が床で寝るからチヒロはベッドを使って』と勧めたのに、チヒロは首を縦にふってくれなかった。
『わたしはラグマットの上でいい』と言い張った。
『なら、僕も床で寝る』
駄々をこねるように訴えてようやく、僕とベッドを共有することにうなずいてくれたのだ。
ベッドサイズはいちおうダブルでも、ふたりで眠る用にはクイーンサイズ以上がベストだそうだから、スペースに余裕があるとはいえない。
だからなのかチヒロは遠慮して、ベッドから落ちそうなくらいきわに寄って眠る。いまもそうやって寝ている。
だめだ……。
無防備に眠りこけてるチヒロの寝顔から、視線をはずせなくなっている。
かわいい。
とにかく、かわいいんだ。