エメラルドブルーのラグにちょこんと横座りし、吉川さんは事故に遭ったときのようすを話してくれた。
僕はそばのベッドに腰かけて、しずかに耳をかたむけた。
塾の帰りだったそうだ。
夜の8時20分ごろ。駅に向かう国道の自転車レーンをチャリで走行中、うしろからとつぜん車に激突されたのだという。
「ぐわんって、いままで感じたことのない、とてつもなく大きな衝撃でした。身体中の関節が一気にはずれたみたいな……。
頭もそう。金属バットで殴られたらこんな感じなのかなって思うような、ものすごい強さで。
痛いって感じたのは、たぶんぶつかった瞬間とその後の数十秒くらいだったと思います。
手も足もまったく動かせなくて、人が集まってる気配はなんとなくわかりましたけど、それからのことは覚えてないんです。 気がついたら……」
気がついたら、左右をクリーム色のカーテンで仕切られたベッドに、仰向けになっていたという。
そばには病院で目にするようなナース服っぽい白の上下を着た若い女の人ふたりが、まわりに置かれた医療装置を黙々と片づけていた。
あ、ここは病院だ。
吉川さんは一瞬のうちに、そう理解したという。
カーテンの向こう側では、規則的なピッピッピッという電子音や、ヒューッ、トントン、という機械音が鳴っている。
あれほどの衝撃を受けたのに、ふしぎと身体の痛みはすっかり引いていた。
吉川さんは「あの……」と看護師らしき女の人に声をかけながら、上半身を起こしてみた。
どちらもなぜか、まったく反応を示してくれなかった。
正面は大きなガラス壁になっていて、向こう側の部屋はナースステーションのようだった。
「あの、すみません」
こんどははっきり聞こえるように、そばのふたりに言ってみた。
それでも見向きもしてくれない。
どうして無視されているのかわからないまま、吉川さんはベッドから足を下ろして立ちあがった。
そしてじぶんの格好が、事故に遭ったときの学校の制服姿だと気がついた。
なんだ、と思ったそうだ。
痛みと衝撃はとてつもなくすごかったけど、実はたいしたことがなかったんだ、と。
吉川さんは、ほっと胸を撫でおろしたという。
だけど、ふとふり返って目にしたものに、心臓が止まりそうなほど驚き、ひっと声にならない悲鳴をあげた。
じぶんが、まだベッドに仰向けになっている。
浴衣なのか甚平なのか、着物のような襟の形で薄水色の安っぽい衣類を身につけ、薄い布団をかけられている。
これはどういうこと?
吉川さんの頭のなかが錯乱した。
ヒントひとつあたえられずに必死に脳を働かせるなか、最初にぱっとひらめいたのは、これは夢だ、と決めこむ安直な発想だった。
そう、夢のなかの出来事。だから、とにかく落ち着こう……、と。
吉川さんは冷静さを手放さないよう気を張り詰めさせ、ベッドから離れた。
カーテンで仕切られた両隣り、さらにその隣にもベッドが置かれていて、白髪頭のおじいさんや中年の女の人が目を閉じて仰向けになっていた。
おじいさんの喉は、機械から伸びた管につながれていて、あの『ヒューッ。トントン』という音はここから出ていた。
なんだか怖い。ここにはいたくない。夢なら早く覚めて。
そう願いながら、扉へと向かった。
ハンドルを握って扉をスライドさせようとした──のだけど、手が、指が……、実体を失くしたようにつかめなかった。
吉川さんはいっそうパニックになり、ハンドルをどうにかつかもうと、遮二無二両手を動かした。
すると吉川さんの手と腕はハンドルどころか、扉をも通り抜けて、手首から先が消えて見えなくなった。
なんなの、これ。
怖ろしさと気持ち悪さに飲まれて、激しく気が動転した。
それでも“これは夢で現実じゃない”とじぶんに言い聞かせ、思い切って扉を擦り抜けた。
僕はそばのベッドに腰かけて、しずかに耳をかたむけた。
塾の帰りだったそうだ。
夜の8時20分ごろ。駅に向かう国道の自転車レーンをチャリで走行中、うしろからとつぜん車に激突されたのだという。
「ぐわんって、いままで感じたことのない、とてつもなく大きな衝撃でした。身体中の関節が一気にはずれたみたいな……。
頭もそう。金属バットで殴られたらこんな感じなのかなって思うような、ものすごい強さで。
痛いって感じたのは、たぶんぶつかった瞬間とその後の数十秒くらいだったと思います。
手も足もまったく動かせなくて、人が集まってる気配はなんとなくわかりましたけど、それからのことは覚えてないんです。 気がついたら……」
気がついたら、左右をクリーム色のカーテンで仕切られたベッドに、仰向けになっていたという。
そばには病院で目にするようなナース服っぽい白の上下を着た若い女の人ふたりが、まわりに置かれた医療装置を黙々と片づけていた。
あ、ここは病院だ。
吉川さんは一瞬のうちに、そう理解したという。
カーテンの向こう側では、規則的なピッピッピッという電子音や、ヒューッ、トントン、という機械音が鳴っている。
あれほどの衝撃を受けたのに、ふしぎと身体の痛みはすっかり引いていた。
吉川さんは「あの……」と看護師らしき女の人に声をかけながら、上半身を起こしてみた。
どちらもなぜか、まったく反応を示してくれなかった。
正面は大きなガラス壁になっていて、向こう側の部屋はナースステーションのようだった。
「あの、すみません」
こんどははっきり聞こえるように、そばのふたりに言ってみた。
それでも見向きもしてくれない。
どうして無視されているのかわからないまま、吉川さんはベッドから足を下ろして立ちあがった。
そしてじぶんの格好が、事故に遭ったときの学校の制服姿だと気がついた。
なんだ、と思ったそうだ。
痛みと衝撃はとてつもなくすごかったけど、実はたいしたことがなかったんだ、と。
吉川さんは、ほっと胸を撫でおろしたという。
だけど、ふとふり返って目にしたものに、心臓が止まりそうなほど驚き、ひっと声にならない悲鳴をあげた。
じぶんが、まだベッドに仰向けになっている。
浴衣なのか甚平なのか、着物のような襟の形で薄水色の安っぽい衣類を身につけ、薄い布団をかけられている。
これはどういうこと?
吉川さんの頭のなかが錯乱した。
ヒントひとつあたえられずに必死に脳を働かせるなか、最初にぱっとひらめいたのは、これは夢だ、と決めこむ安直な発想だった。
そう、夢のなかの出来事。だから、とにかく落ち着こう……、と。
吉川さんは冷静さを手放さないよう気を張り詰めさせ、ベッドから離れた。
カーテンで仕切られた両隣り、さらにその隣にもベッドが置かれていて、白髪頭のおじいさんや中年の女の人が目を閉じて仰向けになっていた。
おじいさんの喉は、機械から伸びた管につながれていて、あの『ヒューッ。トントン』という音はここから出ていた。
なんだか怖い。ここにはいたくない。夢なら早く覚めて。
そう願いながら、扉へと向かった。
ハンドルを握って扉をスライドさせようとした──のだけど、手が、指が……、実体を失くしたようにつかめなかった。
吉川さんはいっそうパニックになり、ハンドルをどうにかつかもうと、遮二無二両手を動かした。
すると吉川さんの手と腕はハンドルどころか、扉をも通り抜けて、手首から先が消えて見えなくなった。
なんなの、これ。
怖ろしさと気持ち悪さに飲まれて、激しく気が動転した。
それでも“これは夢で現実じゃない”とじぶんに言い聞かせ、思い切って扉を擦り抜けた。