正門の柱の前でぽつんとたたずむ吉川さんを見つけ、心底ほっとした。
指切りした約束とはいえ、彼女がほんとうに戻って来てくれるか気になって、ずっと上の空で授業を受けていたのだ。
僕に気づいた吉川さんに軽く手をあげ、クロスバイクを引いて近づいていった。
待った? と声をかけようとしたまさにそのとき、
「ガーモっ!」
の呼び声とともに、僕の首にがっしりした腕が巻きついた。
「ぐぇっ」
うめきが漏れ、否応なしに立ち止まらされる。
確認不要。この声と、ほのかに漂ういい香りで、瞬時に“誰”かを特定した。
「おどかすなよぉ、神部。なに?」
「いやいや、ガモ、ソッコーで教室出て行くから。これから予定でもあんの?」
神部は僕の首から肩に手をすべらせた。
「あー、まあ、ちょっとね」
クロスバイクをはさんだ向こう側で僕たちを見ている吉川さんに、ちらっと視線を送り、あいまいに答えた。
「ちょっと、茶ぁしてかない? 駅前のスタバで彼女と会う約束してるんだけど、友だち連れて来てるって言うんだよね」
「はぁ? なんでそこに、俺?」
とつぜんの誘いに、すっとんきょうな声が飛びでた。
「にぶいねぇ。紹介するって言ってんの。俺の彼女と、その友だちを」
なぐさめるように、ポンポンと肩をたたかれた。
「いいよ、紹介なんて。いまそんな気ないし。悪いけど」
いまは一刻も早く吉川さんとふたりになりたいのだ。
クロスバイクを前に引こうとすると、
「まぁまぁ、ちょっと待てって」
強く肩をつかまれ、再び立ち止まらされた。
「紹介する女子、かなりレベル高いコなんだけど。ガモの動画を見せたら気に入って、会ってみたいって言ってんだ。どう?」
俺を、気に入って──?
かなりレベル高いコが──?
夢のような展開に、ドックンと心臓が大きく反応した。
ほんの一瞬そそられ──かけたおのれを、だめだだめだ、と全力で叱りつける。
「いやぁ。せっかくだけどいいよ。ほんと、悪いな」
1週間前なら飛びついていた話かもしれないが、いまの僕の優先順位はぶっちぎりで吉川さんが1位だ。
神部は知るよしもないけど、僕と吉川さんはすでに相思相愛の仲になっているのだ。
それに吉川さんから聞きたい話がたっぷりある。
「そいじゃ、また明日。彼女とその友だちによろしくー」
正門を出て駅へ向かうのは右、僕が帰る方角は左だ。これでやっと吉川さんと話ができる、そう思ったのに、
「ちょー、ちょいっ。ねえ!」
神部がクロスバイクのリアキャリアを引っぱった。
「ガモさ、吉川千尋のこと、好きだったんだろ」
「は? な、なに言ってんの」
「隠すなよ。バレバレだって。同中のアニオタくんじゃなくて、ほんとはガモが好きだったんだろ。それか向こうから告られたとか?
吉川が死んだって訃報が流れた日、ようすがおかしくなって1時限で帰ったよな。
今日だって遅刻するわ、とつぜん叫んで教室を飛び出てくわ、異常行動頻発してるじゃん。
ショックなのはわかるよ。でも付き合ってたわけじゃないんだろ。
こういう言い方は良くないかもしれないけど、不幸中の幸いっていうか、とにかく、あんまり引きずんなよ、って心配してるわけ。ガモ、変にピュアなとこあるからさ。
そんなガモのことがいいって言ってる女子もいるんだし。
すぐ付き合えって勧めてるんじゃなくて、かわいい子とちょっとダベって気分転換するのもいいんじゃないかなって思うわけよ」
説きふせるような語り口のしまいに、勢いよくバシッと背中をたたかれた。
へたれ嫌いでちょっとばかり節介焼きな、神部らしい励ましだ。
1年前の4月、新しいクラスで緊張していた僕に、最初に話しかけてきたのは、まうしろの席にいた神部だった。
それ以来くだらない話で盛りあがったり、いじられたり、なにかと助けられたり。