そうするかわりに僕は机のものをぞんざいにリュックに押しこみ、立ちあがった。

「なにやってんだ、ガモ。寝ぼけてんのかぁ」

 リュックを右肩にかけて教室から出ていこうとする僕に、神部が笑いまじりのツッコミを入れた。

「くすくす」や「ははっ」の笑い声があちこちでわいた。

「帰る。体調悪いって、言っといて」

 誰とも目を合わせないで、かったるそうに告げた。ほんとうに声を発することさえ億劫(おっくう)だった。

 ごめん、神部。
 でもいまはここにいたくない。とにかくひとりになりたいんだ。

 みんなにどう思われようと、もうどうでもいい。

 階段をかけ下り、シューズボックスで(くつ)を履きかえて昇降口を出た。

 陽射(ひざ)しが、やけにまぶしい。

 視線を落として駐輪場へ急ぎ、クロスバイクの鍵をはずしてサドルにまたがる。

 車道へ出て尻を浮かし、横を走る車と競うようなスピードで、おもいっきりペダルを漕いだ。

 漕いで、漕いで、漕ぎまくる。

 むきになっていた。

 そうせずにはいられない、どうしても許せない憎しみのような苛立(いらだ)ちが、僕のなかで暴れまくっていたから。

 これから──はじまるはずだったんだ。

 ヨシカワさんの思いに、こたえると決めていたんだ。

 ガチで好きになっていたんだ。

 僕とヨシカワさんは、結ばれるはずだった。僕のはじめての彼女になるはずだった。

 それなのに、なにかがじゃまをした。

 悪魔だか死神だか、いじわるな神だか運命をあやつる得体(えたい)の知れない何かか、正体なんかさっぱりわからない。

 わからないけど、(にく)くて憎くてたまらないそいつに突進していく勢いで、がむしゃらにペダルを漕いだ。

 乾いた空気が、顔や胸に体当たりしてくる。

 風圧がじゃまをして、走りが重くなっていく。
 
 だけど漕いだ。

 狂ったように漕ぎつづけた。

 そして、はぁはぁ、と苦しくなっていく息のなかで、気がついた。

 ヨシカワ──チヒロ。

 その名前を、まだ仮名(かな)でしか知らないってことを。