翌朝のホームルーム終了後。

 ようやくヨシカワさんに会えるんだと期待に胸をふくらませて、どきどきしながら5組の教室に向かった。

平井(ひらい)っ、平井(ひらい)くんっ」

 教室前の戸口から、コブを呼んだ。

 ド忘れしていたコブの名字は昨夜湯船につかっている最中(さいちゅう)、なぜかふっと思いだした。

 下の名前は一字も思いだせなかったけど、コブだって僕のファーストネームなんか覚えてやしないだろう。

 僕の手招きに気づいたコブは、面倒(めんどう)くさそうに(まゆ)をひそめながらも、とことこと来てくれた。

 窓ぎわでは昨日と同じように髪をふたつ結びした女子とショートカットの女子が、くっついておしゃぺりしている。
 ヨシカワさんの手帳の記述からすると〈カガちゃん〉と〈さとリン〉だろう。

 3人(そろ)っていないとわかり、僕の身体から“シュワシュワ―ッ”と期待が抜けていった。

「残念。またムダ足を踏んだね。欠席してるよ」

 僕がたずねるより先に、コブは皮肉(ひにく)をにじませた顔で告げた。

「そ……か。うん。そうだと思った。いや、悪かった。じゃな」

 ほかに話すこともないので、とっとと退散しようとしたのだが、

「ねえ。なんなの? ヨシカワさんになんの用があるの?」

 コブは、それぐらい教えてもらう権利はある、と主張するようなデカイ(つら)できいてきた。

「ちょっ、声が大きいよ。ちょっと、こっちで」

 出入り口付近にいる生徒に聞かれるのを(あや)ぶみ、コブを廊下の壁側へと引っぱった。

「これ内緒(ないしょ)な。ぜったい人に()らさないって約束な」

 まず固く念押しし、

「じつは友だちから、『ヨシカワさんに告白したいから呼びだしてくれ』って頼まれたんだよ。で、俺がこうして来てるってわけ」

 神部についたようなうそを言った。

「ふーん。ヨシカワさんに? でも彼女、男なんか興味ないって感じだけど?」

 ()いたふうな口をきくコブに、いかにも残念だという表情を返した。

「えー。そうなんだ。じゃあ、告白しても無理かな」

「そうだね。勉強が趣味(しゅみ)って感じだよ、彼女は。僕たち、受験に本腰を入れる時期に入ったじゃない。
 遊んでる場合じゃないって、思うよね。ふつうは。
 ヨシカワさんはとくに、そういうタイプに見えるけど。でも、まあいいんじゃない。イチかバチか、告白してみるのも」

 コブは「ふふん」と鼻で笑い、蒸かしたての肉まんみたいな頬をいじわるくゆるめた。

 玉砕(ぎょくさい)するのを楽しみにしている本音が、細めた目の奥からちらちらのぞき見えている。

 コブがいまだに弁当をひとりで食っている理由が、なんとなく()に落ちた。

「おぅ、忠告しとくよ。じゃ、またな」

 僕は苦笑を浮かべて別れ、3組の教室にもどった。


 * * *


 つぎの日も、ヨシカワさんは学校を休んでいた。欠席理由はコブもつかめずにいた。

 いったいどうしたのか。ひどい風邪(かぜ)でも引いたのか。

 彼女のことが心配でたまらず、僕の心は一日中落ち着かなかった。

 家に帰ると部屋にこもり、ひたすら手帳を読み返した。

 日記欄のいちばん最後の記述は、僕が手帳を拾った日の1日前になっている。そこには、

『ガモちゃんにキスして寝たら、夢に善巳くんがでてきてくれました。最高の目覚め。最高な朝。最高な一日になりそう!』

 と書かれてあった。

 感激しているようすが文面にあふれていて、それはとてもうれしいのだけど、ちょっと意味がわからなかった。

“ガモちゃん”ってなんだ? 飼っているペットか? それとも、僕をこっそり撮影した写真とか?

 (なぞ)に頭をひねった。

 いずれにしてもこれを書いたときは、ヨシカワさんのもとに手帳はまだあったのだ。
 それがどうしてツツジの植込みのなかに隠されていたのか。

 ヨシカワさん自身が隠した?