佐藤とばっちり目が合った。

 けど佐藤は、怪訝(けげん)な目つきでじっとこっちを見ているだけで、来ようとしない。

 まさか忘れられているのか。

 反応の悪さに心が()えつつ、気力をふりしぼって手招きした。

「えっと……鴨生田……だよな?」

 重い腰をあげて、やっと戸口まで来た佐藤に気まずげに問われ、

「そうそう」

 と、うなずきながら彼を廊下へ誘導(ゆうどう)した。

 佐藤の顔つきときたら、人間を信じきれていない半野良猫(はんのらねこ)みたいな、警戒心(けいかいしん)まるだしの戸惑(とまど)いを貼りつかせている。

「悪い。ちょっとききたいことがあるんだけど」

 時間がないので、単刀直入(たんとうちょくにゅう)に切りだした。

「このクラスにヨシカワって女子いる?」

 頼む。いてくれ!
 心のなかで強く念じたけれど、

「ヨシカワ? いや、ヨシノならいるけど」

 祈り(むな)しく秒で空振りした。落胆が、もろに顔に出てしまったらしく、

「なに? ヨシカワって子がどうかした?」

 と佐藤に気づかわれた。

「いや、ちょっと探してるんだけど。クラスがわからないから」

 すると佐藤は黒豆のごときちいさな目をパチパチさせて、こともなげに言ったのだ。

「だったらジムにきけばいいじゃん」

「へ? ジムぅ?」

 ジム──と聞いて僕の頭に浮かんだのは。

 トレーニングマシンがずらりと並ぶスポーツジムの光景。

 さらには金髪に青い目の白人男。

 意味不明でぽかんとしている僕をよそに、佐藤は冷めた目つきで、

「事務室だよ、学校の。職員用の玄関入ってすぐのところにあるだろ」

 とあきれたようすで言った。

 ああ! ジム=事務か! なるほど、その手があったのか!

「そうだよな。事務にききゃあいいんだよ。サンキュッ、佐藤」

 解決の糸口をつかんだ感激から、僕は佐藤の手をがばっと握って感謝のシェイクをした。

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 1時限目の国語の授業が終わるやいなや──。

 岩山(いわやま)()(くだ)山羊(やぎ)にも負けないスピードで階段をかけ下り、僕は事務室へと急いだ。

 これでやっとヨシカワさんのクラスが判明するっ!

 ゴールテープを切ったような心境で事務窓口のカウンターに両手をついたのに、(こと)はそううまくは運ばなかった。

 対応した三十がらみの()せた男の事務員は、〈ヨシカワチヒロが在籍しているクラス〉をなぜ知りたいのか、と(あや)しむ目できいてきたのだ。

 僕はカワウソ顔のメリットを最大限に生かした笑みをこしらえ、

「手帳を拾ったんです。名前しか書いてなくて、届けられないから」

 と事実を答えた。

 あぁ、そう。ちょっと待ってください。いま調べますから。

 表情をやわらげて、そう応じてくれると思った。ところが、

「なら、こちらで調べて本人に渡しますから、その手帳、預からせてもらいます」

 などと、想定外のことを言ってきたのだ。個人情報保護の観点から、教えられない規則になっているのだという。

 そんなぁ……。

 杓子定規(しゃくしじょうぎ)な対応にむっときたけど、ここで食い下がってもガードはゆるまないと察し、

「あー、わかりました。手帳は家に忘れてきちゃったんで、明日持ってきます」

 とあっさり引き下がった。

 家にあるというのはほんとうで、ヨシカワさんの手帳が万が一にも誰かの目に触れたらマズイと、部屋に置いてきたのだ。

 頼りの(つな)を失い、僕はすごすごと教室へもどった。

 2時限目の終了後、2組へ行ったがここも空振り。

 3時限目の終了後、4組へ行ったがここでも空振りで、さすがにぐったりしてきた。

 たいしたことをしているわけじゃないのに、テストとマラソンをつづけてこなしたみたいにくたびれている。

 残るはあと4クラス。

 がんばれ俺、とじぶんを(はげ)ました。

 やっと4時限目が終わり、昼休みを(むか)えた教室はどこぞの養鶏場(ようけいじょう)みたいにけたたましくなった。

 机の上をささっと片づけ、いつもいっしょにランチを取っている仲間(もち、神部も(ふく)む)に「先に食ってて」と声をかけ廊下へ出た。
 
 5組の手前で足を止め、心を整えるために深呼吸を2回する。

 う、どうした?

 妙に顔が強ばるし、息絶えてしまいそうなほど鼓動が激しい。

 まるで僕が片想いをしている女子に、これから告白するみたいな緊張に襲われているのだ。
 しかし、しり足を踏んでいる時間はない。

 よしっ!