「うぅ、なんか気持ち悪い。乗り物酔いしたときみたいだ。フレドリクさんは大丈夫ですか?」

 返事がない。横を見ると、ほんの少しだけ青ざめたフレドリクさんがいた。
 あ、気持ち悪いんだね。

「何者だっ」

 突然、僕らに槍が突きつけられる。
 王都にある転移魔導装置の番をしている兵士さんだ。

「すみません。僕はデュカルト・ハーセラン。父デュエルタス・ハーセラン侯爵に火急の用があって参りました。父は王都に来ていると思うのですが……」
「これは失礼いたしました。やぁ、よかったですね。侯爵様は今朝、王都にご到着されたばかりですよ」
「本当ですか! はぁ、よかったぁ」
「今どちらにいらっしゃるかまではわかりませんので、部下に探させます。ご子息は別室にご案内しますので、そちらでお待ちください」
「急に押しかけてしまったのに、ご親切にしてくださりありがとうございます」

 優しい兵士さんだなぁ。
 ぺこりと頭を下げてお礼を言うと、顔を赤くして恐縮されてしまた。

 僕とフレドリクさんが数ある応接室の一つに通されしばらく待つと――

「デュー! どうやって王都にっ」
「父上っ。お久しぶりです」

 父上、ノックぐらいしましょうね?

 バンっと扉を開けて入って来たのは、半月ぶりぐらいになる父の姿。
 ずんずんずんっと僕の方までやってくると、むぎゅーっと抱きしめてくる。

「ち、父上っ。恥ずかしいですってば。フレドリクさんもいらっしゃるんですよっ」
「おぉ、フレドリク。息子が迷惑をかけていないか?」
「迷惑などとんでもございません。毎日三食、素晴らしい食事をいただいております」
「はっはっは。冒険者暮らしが長かった君には、毎食摂れるというのは贅沢なのだろうな」
「はい」

 迷宮の中だと、満足に食事も摂れない日もあるって言ってたもんね。

「それで、どうやって王都まで来たのだ? ロックレイから王都まで、半月はかかるだろう」
「はい。実は転移の魔導装置のエネルギーが、ほんのちょっぴり残っていたんです」
「なに!?」
「でも往復したら、今度こそなくなるだろうって」
「そうか、残念ではあるが、ここでお前の顔が見れただけでもよしとしよう。して、火急の用件とは?」

 書斎で見つけた帳簿と、商人から購入した品物の目録を父上に差し出す。
 すぐに察した父上が中身を検めた。

 ソファーに座る父上の眉間に皺が刻まれる。
 ページを捲るたびにその皺は大きくなり、やがて――

「字が汚い」

 そう、ぽつりと漏らした。
 わかります。わかりますよ父上。

 一通り見終えた父上は、眉間を擦りながらふかーく溜息を吐いた。

「今日はちょうど、侯爵家の収支報告のために王都を訪れていたのだ。全ての書類が手元にある。これを持って陛下の下へいくから、お前も一緒に来なさい」
「はい。――え!? ぼ、僕もですか?」
「あぁ。第一王子もご一緒だ、ついでだし、ご挨拶をしておくといいだろう」

 ひえぇぇ。お、王族と謁見!?

「では、いってらっしゃいませ」
「何を言っているフレドリク。君も一緒だ」
「……え?」
「よし、では二人には正装に着替えてもらおう」

 こうして僕たち二人は、宮廷内の衣裳部屋で服を見繕われ、着せられ、国王陛下に謁見することになった。

 フレドリクさんは冒険者暮らしが長かったせいか、こういうキッチリとした服が苦手そうだ。
 しきりに首元を気にしている様子。
 それにしても、長身で胸板も厚く、無駄な筋肉がひとつもないバランスの取れた体躯にキリっとした顔。
 つまりイケメンだ。
 廊下ですれ違うメイドやどのかの貴族の令嬢たちが、みんなしてフレドリクさんに熱い視線を送っている。

 そして僕のほうはというと――

「まぁ、かわいらしいお坊ちゃまだこと」
「ふふ、初めて王宮にきたのかしら? 緊張しているみたいね。かわいぃ」

 といる具合だ。
 
 年齢の割に顔が幼く、十二歳に見られることは少ない。
 でも身長は年相応だから「十歳にしては大きいですね」と……言われる……ことが。

 さて、僕らが通されたのは謁見の間ではなく、王様の執務室だった。
 王様、王子殿下、それに大臣と近衛兵団の隊長さんがいた。

「は、はじめまして。デュエルタス・ハーセランの子、デュカルトと申します」
「おぉ、よく来た。デュエルタスの子供の頃によく似ておるな。いや、デュエルタスより愛らしいか」
「はっはっは。陛下、わたしに似てかわいいのですよ」
「なにを言っておるか。お前の幼少期にかわいげなんぞなかっただろう」
「いやいやいや、陛下ほどではありませんよ」

 ち、父上。国王陛下に対して、そんなこと言って大丈夫なの?
 もしかしてお二人はとっても仲良し、なのかな?

 僕が王都に来た理由と、どうやって来たのかを説明したあと、例の帳簿と目録を見てもらうことに。
 そして陛下の眉間にも皺ができ、だんだんと深くなっていく。
 これは父上のときと同じ――

「なんて字だ。読むのに一苦労するではないか」
「まったくですね父上。社交界ではゼザーク子爵の字が、たいそう汚くて読めたものではない――と噂がありましたが、その噂は真実だったようです」

 陛下の後ろで覗き込んでいた王子殿下が、くすくすと笑う様にそう話す。
 殿下はたしか、今年で二十歳だったはず。
 フレドリクさんとはまた違うタイプの、線の細いイケメンだ。

「ふぅ……奴め、二年間に金貨三百枚は着服しておるな。ボーラーよ、ロックレイからの税収を調べよ」
「かしこまりました、陛下」

 金貨三〇〇枚……この世界では、四人家族の一般的な市民の暮らしだと、年間で金貨五十枚もあれば十分足りる。
 日本円に換算すると、単純に年間五百万だとしたら六倍の三千万。
 二年間で最低でも三千万を着服していることになる。

 着服というわりには少ないかもしれないけど、そもそもロックレイは廃坑間近の鉱山領だ。
 そう考えたら三千万でも多いと言えるし、十年見過ごしていたら一億五千万円になってたってことになる。
 十分すぎる金額さ。

 しばらくしてボーラーと呼ばれた大臣さんが戻ってくると、帳簿にあった金額とまるで違うことが判明。

「ふぅーん。父上、この目録にあるブティック名ですが、隣国で超がつくほど人気の高級店ですね。ふふ、でもこのお店、客層は女性ですよ」
「子爵は独身であろう」
「そうですね。でも、最近このブティックのドレスを着ていた令嬢を知っています。注文が多くてなかなか手に入らないそうですよ」
「王子よ、もったいぶらず話せ。誰だ、その令嬢は。まぁわしも予想はしておるがの」

 王子は悪戯っぽく笑うと「ガルバンダス侯爵のお孫さんです」と言った。