「こ、これは……」

 これは確かに帳簿だった。
 だけど解読が必要じゃないのってぐらい――

「字が、汚い」
「子供の字にしたって、もっとマシじゃ」
「もしかすると、他人に読ませまいとする子爵がわざと汚く書いている……ということはございませんか?」
「いやフレドリク様、普段から奴はこのような字であります」

 魔女さんの言う通り、子供でももう少しマシな字を書けるよ。
 はぁ、読むの大変そうだ。

「あ、ここ見てくださいっ。これ、7に線を足して2にしていませんか?」
「わぁ、物凄く無理やりじゃあ」
「もしかするとこれは1ではありませんか? こちらも線を足して7にしているように見えます。ほら、こちらの7と比べて少し変ですよね」
「ねぇ、こっちはどう。行線の上に項目を追加しておるのじゃ。帳簿ってこんな適当なの?」
「あり得ません。あり得ないほど雑な改ざんです」

 ハンスさんは呆れてしまっている。
 線を足したり、無理やり行と行の間にねじこんだり、お粗末な方法で不正を隠していたなんて。

「デュカルト様。購入品の目録がどこかに隠されていないか、見ていただけますでしょうか?」
「オッケー。お安い御用だよハンスさん。"鑑定"――あった。一番下の段かぁ」

 帳簿と目録を別々に隠すとは、案外考えているんだね。
 見つけたのは綺麗な字で書かれた目録だ。帳簿とは大違い。
 そこに書かれていた内容と、侯爵家にも届いた収支報告の内容とがまったく一致しない。
 おいおい、なんで宝石とか高級ワインとかあるの!

「はぁ……じゃ、これを父上に届けましょう」
「国に治める税も不正に着服しているようですね」
「うん。父上が陛下にご報告してくださると思うので、おかませしよう」
「この時期ですと、侯爵様は王都に行かれているかと思います。お届けするなら直接、王都に向かうのもよいかもしれません」
「そっか。はぁ、転移の魔導装置がまだ使えたらなぁ」

 そうしたら一瞬なのに。

「使えないの?」
「あ、うん。魔導石の寿命がきたとかで、もう動かないんだって」
「ちょっとそれ、見せてもらってもいい?」
「えっと、ハンスさん」
「かしこまりました。転移の魔導装置はこちらです」
「じゃ、音が漏れないように風の精霊を呼ぶわよ」

 魔女さんが精霊魔法で、僕らが歩くときに出る音を消してくれた。
 入って来る時もそうだったけど、音が鳴らないというのは変な感じだ。
 でもこれで安心して歩けるんだけど。

 書斎を出て地下室へ。
 おぉ、なんだかSF映画に出てくるような装置があるぞ。
 
「鑑定じゃ」
「え、あ、はい。"鑑定"」

 ――古代魔法王朝で製造された、転移の魔導装置。
 ――エネルギー残量、0.2%。

「あ、れ? エネルギー残量0.2%ってなってます」
「では使えるのですか?」

 1%にも満たないけど、使えるのかな?
 すると魔女さんが装置に近づき、なんと――

「よいしょっと」
「な、なな、なにをなさるのですっ。魔導石を外してしまっては、今度こそ使えなくなってしまうますぞっ」
「もう一回っと」

 外した魔導石を、またはめた?
 すると装置の底面がぼぉっと光り出す。

「こういうのはの、一度外して再セットすると動くこともあるのじゃよ。エネルギーが残っていればだけど」
「おぉぉ!」

 なるほど。電池もそうだもんね。

「往復したらもう使えなくなると思う」
「わぁ、ありがとうございます魔女さんっ。これ、今起動しなくてもいいんですかね?」
「今行かんのか?」
「はい。作業員の方々の容態が、ちゃんとよくなるまでは傍にいた方がいいでしょうから」
「……じゃ」

 魔女さんがまた魔導石を外す。
 使う時にまたはめればいいんだって。

 それじゃ、証拠品は僕が持っていよう。代わりに別のものをトランスパレントの魔導具で隠してっと。





「うおぉぉぉ、ぜんっかい!」
「みなさん元気になられてよかったです」

 二日後には、毒にやられた全員が全回復した。
 その間、一度もゼザーク子爵は鉱山組合に顔をだしていない。
 この町は鉱山で成り立っているっていうのに、そこで働く人を見舞わないなんて信じられない。

 ただ時折、人相の悪い人が何度かやって来ていた。

「野郎どもはゼザークがどこからともなく連れて来た連中だ。勝手に鉱山に入って、勝手に採掘しやがって……」
「新しい作業員ですか? そんな話、父上の元には届いていないはずです」

 ゼザーク子爵が勝手にやっているのか、それとも――ううん、きっとガルバンダス侯爵の指示だろうな。
 いったいロックレイで何をやろうとしているんだ?
 もしかしてドワーフ族の方が発見したっていう鉱石の存在を、ガルバンダス侯爵は知っていたのかな?

 とにかく、ガルバンダス侯爵の腰巾着には早々にご退場いただこう。
 ロックレイからではなく、社会そのものからね。

 まずは彼女にお礼を言わないと。

「魔女さん、三日間ありがとうございました」
「え、あ、べ、別によい。今回の薬代はツケにしておくからの」
「ふふふ、わかりました」

 全員の体から完全に毒素が抜けたのを確認して、魔女さんは森に帰ることになった。

「フレドリクさんに送ってもらわなくて平気ですか? 危険じゃないです?」
「心配ない。私だって魔法が使えるんじゃ。エンパイヤパイソンなどでもない限り、余裕で勝てる。むしろあんなモンスター、よく倒せたものよのぉ」
「は、ははは。それが、僕とアレックスさんがちょっと余所見している間に、真っ二つになってまして」
「……え?」
「そうっす。あんときはビックリしたっすよ。フレドリクさん、めちゃくちゃ強ぇーですよ」

 話題の人は表情を変えず、少し離れた所に立っている。
 聞こえていないのか、聞こえているけどポーカーフェイスなのか。

「では、私は戻るとするかの」
「はい。お気をつけて。きっと(また)来てくださいね。その時は歓迎いたしますから」
「う……うむ。か、考えておくのじゃ」

 考える?
 時々遊びにくるぐらいなら、考える必要もない気がするんだけど。
 あ、そうか。魔女っぽく振舞うためにそう言ったんだね。

「坊やの方こそ気を付けるのじゃぞ」
「はいっ。ご心配いただき、ありがとうございます」

 魔女さんを見送ったあと、僕とフレドリクさんは王都へ向けて出発した。
 ドキドキワクワクの転移魔導装置を使って!