どっぷりと日も暮れて真っ暗な時刻。
 山道は真っ暗だったけど、なんと! 魔女さんが!

「光の精霊が照らしてくれるとゆうても、昼間ほど明るくないんじゃからな」
「はい! わぁ、この光が全部精霊なんですかぁ?」

 ぽわぽわぁっと僕らの周りに、明るい球体がいくつも浮かんでいる。

「そうじゃ。まぁ精霊魔法に適性がないと、ただの球体にしか見えないだろうけど」
「オレ、球体にしか見えないっす」
「僕も」
「自分もです」

 適正があったら、どんな風に見えるんだろう。
 やっぱり人型なのかな!

 明かりに照らされた山道を、僕らは足早に下っていく。
 おかげで日付が変わる前に戻ってくれた。
 その足で組合の建物に向かい――

「"魔導レンジ"」

 じゃんじゃん薬をレンチンしていく。
 この薬、調合してから時間の経過で効果が薄くなるらしい。
 正確には冷めると、だ。
 冷めてしまったなら温めればいいとはいかない。そこは料理とは違うから。

 他にも薬を飲ませるタイミングだとか、症状によってどのくらい飲ませるべきだとかいろいろあって、魔女さんも来てくれている。

 あ、ちなみにエンパイヤパイソンの肝は、解毒薬に含まれていない……。

「一通り全員に飲ませたっす」
「そ。じゃ、次は二時間後じゃ」
「そんなに頻繁に飲ませるんですか?」
「容態次第じゃよ。黒い染みみたいなのができとるじゃろ。早い人だと首筋だけじゃなく、広がってるはずじゃ。それが卵サイズになるまでは、二時間おきじゃよ」
「なるほど。みなさん、聞きましたか?」

 治療のお手伝いに来てくれているのは、負傷者のご家族と鉱山で働くひとたちだ。
 みんなが返事をし、交代で休むことになった。

「坊ちゃん、ありがとうございます」
「え、どうして僕に?」
「そりゃあ、坊ちゃんが森に走ってくれたじゃないですかい」
「でもアレックスさんもフレドリクさんも走りましたよ?」
「いや、ま、そうなんですがね」
「それに薬の材料を用意してくれたのは魔女さんですし、調合方法だって彼女に教わりました。僕はスキルでチンしただけです。だいたい、崩落現場から負傷者を救出したのは、みなさんじゃないですか。そして負傷者の手当てをしてくださったのも、僕じゃありません。ここにいる全員が、いえ、ここにはいなくても多くの人のおかげですよ」

 だから僕だけがお礼を言われるのはおかしい。
 みんなにありがとうの気持ちを持って、頭を下げた。

「や、やめてくだせぇ坊ちゃんっ。侯爵家のご子息が、俺らなんかに頭を下げるなんてっ」
「どうしてですか? 僕は父上に、誰に対しても感謝の気持ちをしっかり伝えなさいって教わりました。だからありがとうって頭を下げたんです」
「うっ……まったく、侯爵様らしいぜ。貴族だってのに、平民の俺らに対しても対等に扱ってくださるんだからなぁ」
「あれ? 父上をご存じですか?」
「あぁ。坊ちゃんはご存じなかったか。いやな、八年ぐれぇ前までは、ここに転移の魔導装置があったんでさぁ」

 転移の魔導装置――魔導具の中でも規模の大きなものだ。
 対応する他の装置と空間を繋げ、一瞬で移動できる……まぁテレポート装置だね。

「今は使えないんですか?」
「あぁ。魔導石の寿命でな。繋がってた先も侯爵邸じゃなく、王都でしたから」

 父上が王都に出かけられた際に、ここへ様子を見に来られていたみたいだ。
 
 魔導具はとても凄いものだけど、そのエネルギーとなる魔導石には寿命がある。
 今現在、魔導石の精錬方法は知られていなくて、寿命を迎えた石にエネルギーを充填することも交換することもできない。
 ずーっと昔の魔法王朝時代のものだから、発掘されたものしかないんだよね。

「あぁ、一仕事終えたら、また腹が減ったっす」
「えぇー、アレックスさん、少し前に食べたじゃないですか」
「オレ、育ち盛りっすから」

 いやいや、どうみても二十歳前後でしょ?
 育ち盛り過ぎてないですか?

「たしかに腹が減ったな」
「あれ、みなさんも召し上がってないんですか?」
「んぁ、まぁそんな気分にもなれなくってな。おいレレイナ、なんかみんなに飯を作ってくれねぇか」
「あいよ、アンタ」
「ま、待ってください。今から用意していたんじゃ、遅くなりますよね? 僕がレンチンします」
「れん、ちん?」

 みなさんが首を傾げる中、僕は厨房へと案内してもらった。





「うめぇー!」
「こりゃうめぇ。坊ちゃん、どうやって作ってんでさ?」
「僕のスキル、『魔導レンジ』でチンしただけです」
「なんでぇ、その魔導レンジってのは。魔導具のことか?」
「いえ、そうじゃなくって――あれ?」

 魔導具、考えたこともなかった。
 だってスキルとして習得したのだから、スキルなんだろうって。
 でも魔導ってつくし、魔導具の可能性もあるのかな?

「えっと、材料を全部入れて、どんなふうに調理するのかイメージしたらその通りにできあがるスキルなんです」
「かぁ、便利なもんだなぁ」
「はい。でもちゃんと調理工程を知っていないと、とんでもないものができあがるんですよ」

 スキルを収得したばかりの頃は、よくやらかしたもんだ。
 焼いたり煮込んだりしなきゃいけない料理なのに、ただ『焼く』とイメージしてチンしたら焦げてたり、どのくらい煮込むのかとか全然考えずにチンしたら、いつまでたってもチーンってならなくって最後には具材が消えてなくなったりしたし。
 そう話すと、その場にいた負傷者以外が笑い出した。
 
「えへへ。だ、だから料理長に、たっくさん調理の仕方を教えてもらったんです」
「ってぇことは、この味は侯爵家の料理長直伝か!?」
「直伝というか、でも領地量ほど美味しくはならないんですよね。やっぱり微妙な調味料の加減とかは再現できなくって」
「いやいや、十分うめぇですよ坊ちゃん」
「これから長丁場になります。途中で小腹が空いた時用に、ちょっとしたおやつも用意しておきますね」
「やったぜ! こりゃ看病も楽しくなるってもんだ」

 いやいや、楽しまないでよ。
 でも、みんなの顔に笑顔が戻ってよかった。