「あれがエンパイヤパイソンっす」
「うわっ、デカ、すごっ、デカ」
町には若い人がひとりしかいない。そのひとりが彼、アレックスさんだ。
魔女さんの家を知っているっていうのもあって、彼の案内で吊り橋までやって来た。
そう深くもない渓谷には短い吊り橋がかけられている。
その吊り橋の前に、でーんっと蜷局を巻く巨大な蛇がいた。
地球最大のヘビはアナコンダかな?
大きいものだと子供の胴ほどの太さがあって、それで全長十メートルぐらい?
でも、今僕が見ている蛇はそんなもんじゃない。
あの蛇の胴の太さは、身長一五〇センチの僕が両手を広げたのと同じぐらいじゃないの?
蜷局を巻いてるから正確な長さは分からないけど、十メートルじゃない……よね。もっとある。
「あ、あんなのでランクC?」
「あんなのでもランクCだから、モンスターがどれだけ強い生き物かわかるっすよ」
「そ、そうだね。はは、ははは」
冒険者もいいなぁとか思ってたけど、やっぱり止めよう。
「片付きました」
「え?」
あれ、さっきまで隣にいたはずのフレドリクさんが、前にいる。
「片付きました。さ、行きましょう」
「「え?」」
僕とアレックスさんが顔を見合わせ、首を傾げる。
フレドリクさんはいつもの生真面目な顔をして、チンっと剣を鞘に納めていた。
ど、どういうこと?
隠れていた茂みから出て、彼の横から奥を覗くと――
「エンパイヤパイソンが真っ二つになってるうぅぅぅぅ!?」
「うえぇーい!?」
え、うそ、さっきまで蜷局巻いてたじゃん。
視線逸らしたのって、ほんの数秒だよ?
「ぼ、坊ちゃん。あの人、何者なんっすか?」
「えっと、父上の知り合いで、男爵家のご子息です。そこは代々騎士の家系だって話で、腕はいいってのは聞いていたのですが」
腕がいい。
その一言じゃ片付けられないような強さですよ父上!!
こうして僕たちは、なんの危険もなく森に足を踏み入れた。
「見えてきました。あれが魔女の家っす。ばーちゃん元気かなぁ。あの蛇が居座るようになってから、全然町に下りてこなくなったけど」
そりゃ下りられないだろうなぁ。
でもエンパイヤパイソンもいなくなったから、もう大丈夫なはず。
アレックスさんが「魔女の家」だと指さしたのは巨木だ。
幹は太く、背は低い。
その幹に小屋が乗っかっていて、それが家らしい。
いいなぁ、ファンタジーぽくて。あんなツリーハウス、僕も憧れるなぁ。
あ、木の横にローブを着た人がいる。女の人、かな。
しゃがみ込んだ女の人の前に、大きめの石が何個か積み重ねられていた。
あれってもしかして。
「あの子は魔女のばーちゃんの孫娘っす。まさかばーちゃん……そんな」
アレックスさんも気づいたようだ。
僕らに気づいたように、女の人は立ち上がってフードを目深に被った。
「なんじゃ、町の者か」
「う、うん。その……ばーちゃんは」
フードが揺れて、積み上げられた石の方に視線が向いたのがわかる。
亡くなったのか……しかもあの様子だと、つい最近のようだ。
「あの……おばあさまを亡くされて、とても悲しんでいると思います。そんな時に大変申し訳ないのですが、どうしてもお願いしたいことがあって来ました」
「鉱山で崩落事故があたっす」
「えっ」
「ガスが出て、吸い込んだ人らが倒れたっすよ」
だけど薬がなくて、それで森の魔女ならもしかしてと聞いてやって来たのだと説明。
「鉱山の毒に効く解毒薬を、お持ちではないですか?」
「く、薬は……ない、のじゃ」
ない?
「で、でもばーちゃんは、薬ならたいていのものを調合できるって言ってたっすよ」
「へ? お、おばあさまが? あ、えっと……調合はできるのじゃ。でも材料がない」
「材料? なんですか!? 何が必要なんですか!?」
「へうっ。え、えっと……そう、そうじゃ。エンパイヤスネークの肝じゃ。どうじゃ、持ってこれまい」
「直ぐに引き返して取ってまいります」
それだけ言うと、フレドリクさんは猛スピードで来た道を引き返した。
「え? え? ど、どういうこと?」
「他には!? 他に必要な材料はありませんか!?」
「えぇ、えーっと、コラックの花……」
「あ、その花ってアレじゃないっすか? 前にばーちゃんの荷物運んだ時に、教えて貰ったっす」
「うっ……ロレアン蛙の心臓っ」
「ばーちゃん、いつも瓶に入れて取ってあるって言ってたっすね」
「うぐぐ……」
どうしたんだろう?
もしかすると、薬を調合したくないんだろうか。
実は町の人とあんまり仲良くない……なんてことがあったり。
「ただいま戻りました」
「「「え!?」」」
声がして振り向くと、血の滴る毒々しいものを掴んだフレドリクさんがいた。
「なんでそんなに早いんですか!?」
「少しでも時間を短縮するために、崖を飛び降りました」
「飛び降りたぁぁー!?」
確かに森は傾斜になっていて、途中に崖もあった。その崖をぐるーっと迂回するように坂道を登って来たけれど。
アレを飛び降りたあぁぁ?
高さ五十メートルぐらいはあったはずだよ。
なんかフレドリクさんの規格がおかしいんですけど!
「他に必要な材料はございますか?」
という真顔で尋ねるフレドリクさんに、魔女さんは首を左右に振った。
「じゃあ、調合お願いできますか!」
という僕のお願いに、彼女はたじろぐ。
「ちょ、調合は……無理」
「えぇ!? どうしてですかっ」
「それは……」
何か、言いたくない理由でもあるんだろうか。
「なるほど。魔女殿は料理がヘタなのでしょう?」
「フ、フレドリクさん!? 急になにをっ。し、失礼で「なんで知ってるのよっ」え?」
目元は完全にフードで隠れて見えないけれど、頬は確かに真っ赤に染まっていた。
「うわっ、デカ、すごっ、デカ」
町には若い人がひとりしかいない。そのひとりが彼、アレックスさんだ。
魔女さんの家を知っているっていうのもあって、彼の案内で吊り橋までやって来た。
そう深くもない渓谷には短い吊り橋がかけられている。
その吊り橋の前に、でーんっと蜷局を巻く巨大な蛇がいた。
地球最大のヘビはアナコンダかな?
大きいものだと子供の胴ほどの太さがあって、それで全長十メートルぐらい?
でも、今僕が見ている蛇はそんなもんじゃない。
あの蛇の胴の太さは、身長一五〇センチの僕が両手を広げたのと同じぐらいじゃないの?
蜷局を巻いてるから正確な長さは分からないけど、十メートルじゃない……よね。もっとある。
「あ、あんなのでランクC?」
「あんなのでもランクCだから、モンスターがどれだけ強い生き物かわかるっすよ」
「そ、そうだね。はは、ははは」
冒険者もいいなぁとか思ってたけど、やっぱり止めよう。
「片付きました」
「え?」
あれ、さっきまで隣にいたはずのフレドリクさんが、前にいる。
「片付きました。さ、行きましょう」
「「え?」」
僕とアレックスさんが顔を見合わせ、首を傾げる。
フレドリクさんはいつもの生真面目な顔をして、チンっと剣を鞘に納めていた。
ど、どういうこと?
隠れていた茂みから出て、彼の横から奥を覗くと――
「エンパイヤパイソンが真っ二つになってるうぅぅぅぅ!?」
「うえぇーい!?」
え、うそ、さっきまで蜷局巻いてたじゃん。
視線逸らしたのって、ほんの数秒だよ?
「ぼ、坊ちゃん。あの人、何者なんっすか?」
「えっと、父上の知り合いで、男爵家のご子息です。そこは代々騎士の家系だって話で、腕はいいってのは聞いていたのですが」
腕がいい。
その一言じゃ片付けられないような強さですよ父上!!
こうして僕たちは、なんの危険もなく森に足を踏み入れた。
「見えてきました。あれが魔女の家っす。ばーちゃん元気かなぁ。あの蛇が居座るようになってから、全然町に下りてこなくなったけど」
そりゃ下りられないだろうなぁ。
でもエンパイヤパイソンもいなくなったから、もう大丈夫なはず。
アレックスさんが「魔女の家」だと指さしたのは巨木だ。
幹は太く、背は低い。
その幹に小屋が乗っかっていて、それが家らしい。
いいなぁ、ファンタジーぽくて。あんなツリーハウス、僕も憧れるなぁ。
あ、木の横にローブを着た人がいる。女の人、かな。
しゃがみ込んだ女の人の前に、大きめの石が何個か積み重ねられていた。
あれってもしかして。
「あの子は魔女のばーちゃんの孫娘っす。まさかばーちゃん……そんな」
アレックスさんも気づいたようだ。
僕らに気づいたように、女の人は立ち上がってフードを目深に被った。
「なんじゃ、町の者か」
「う、うん。その……ばーちゃんは」
フードが揺れて、積み上げられた石の方に視線が向いたのがわかる。
亡くなったのか……しかもあの様子だと、つい最近のようだ。
「あの……おばあさまを亡くされて、とても悲しんでいると思います。そんな時に大変申し訳ないのですが、どうしてもお願いしたいことがあって来ました」
「鉱山で崩落事故があたっす」
「えっ」
「ガスが出て、吸い込んだ人らが倒れたっすよ」
だけど薬がなくて、それで森の魔女ならもしかしてと聞いてやって来たのだと説明。
「鉱山の毒に効く解毒薬を、お持ちではないですか?」
「く、薬は……ない、のじゃ」
ない?
「で、でもばーちゃんは、薬ならたいていのものを調合できるって言ってたっすよ」
「へ? お、おばあさまが? あ、えっと……調合はできるのじゃ。でも材料がない」
「材料? なんですか!? 何が必要なんですか!?」
「へうっ。え、えっと……そう、そうじゃ。エンパイヤスネークの肝じゃ。どうじゃ、持ってこれまい」
「直ぐに引き返して取ってまいります」
それだけ言うと、フレドリクさんは猛スピードで来た道を引き返した。
「え? え? ど、どういうこと?」
「他には!? 他に必要な材料はありませんか!?」
「えぇ、えーっと、コラックの花……」
「あ、その花ってアレじゃないっすか? 前にばーちゃんの荷物運んだ時に、教えて貰ったっす」
「うっ……ロレアン蛙の心臓っ」
「ばーちゃん、いつも瓶に入れて取ってあるって言ってたっすね」
「うぐぐ……」
どうしたんだろう?
もしかすると、薬を調合したくないんだろうか。
実は町の人とあんまり仲良くない……なんてことがあったり。
「ただいま戻りました」
「「「え!?」」」
声がして振り向くと、血の滴る毒々しいものを掴んだフレドリクさんがいた。
「なんでそんなに早いんですか!?」
「少しでも時間を短縮するために、崖を飛び降りました」
「飛び降りたぁぁー!?」
確かに森は傾斜になっていて、途中に崖もあった。その崖をぐるーっと迂回するように坂道を登って来たけれど。
アレを飛び降りたあぁぁ?
高さ五十メートルぐらいはあったはずだよ。
なんかフレドリクさんの規格がおかしいんですけど!
「他に必要な材料はございますか?」
という真顔で尋ねるフレドリクさんに、魔女さんは首を左右に振った。
「じゃあ、調合お願いできますか!」
という僕のお願いに、彼女はたじろぐ。
「ちょ、調合は……無理」
「えぇ!? どうしてですかっ」
「それは……」
何か、言いたくない理由でもあるんだろうか。
「なるほど。魔女殿は料理がヘタなのでしょう?」
「フ、フレドリクさん!? 急になにをっ。し、失礼で「なんで知ってるのよっ」え?」
目元は完全にフードで隠れて見えないけれど、頬は確かに真っ赤に染まっていた。