「妻は山の麓……といっても北のラドイスト側ですが、麓近くの狩猟小屋で待たせています」
「狩猟小屋、ですか?」

 翌朝、朝食の前に獣人族のお父さん方に話を聞いた。
 六人の奥方たちのうち、ひとりは身重の体。
 拉致を免れた子もいて、妊婦さんや小さな子を連れて山を登るのは危険すぎる。
 それにせっかくの山道で歩みが遅くなる奴隷商人たちに、追いつけなくなってしまう可能性も。

「だから妻や子供たちを置いていくしかなかったのです」
「そうだったんですね。じゃあ一日も早く奥様方と合流したいのでは?」
「もちろんだっ。しかし子供たちを連れて山越えをするのは……それでその……春までここに――」
「山を越える必要はないと思いますよ? 麓の街道を使えばいいわけですし」

 山を下るのは容易じゃないけど、下れないわけじゃない。
 身体能力に優れた獣人族なら可能だろう。冒険者さんにも協力して貰えればいいと思うし。

「ただ大人であればって話です。子供たちにはやっぱり辛いでしょう」
「で、では、どうしろと?」
「代表で三名の方が奥様方のお迎えにいかれてはどうでしょう? その間、残りの方と子供たちはロックレイでゆっくりしていてください。妊婦さんもいらっしゃるようですが、予定日は?」
「まだまだ先だ。順調なら春の終わりごろに生まれるだろう」
「そうですか。だとしたら狩猟小屋に留まらせるのは良くないですね。可能ならここにお呼びできればいいのですが」

 北の山を越えるよりはマシとはいえ、南側の麓から妊婦さんを歩かせるのは危ないな。

『くっくっく。デューよ。忘れたのか』
「ヴァルゼさん?」
『お前にはこの、最強の大賢者にして魔導具研究者たるこの吾輩がいるのだぞ!』
「そ、そうですね……何かいい案があるのですか?」
『ある! 魔導転送具を作ればよいのだ!!』

 魔導転送……その手があった!
 でも装置ではなく、具?

「あの、魔導転送具、ですか? 魔導転送装置っていいません?」
『具でよい。装置は大掛かりなものだからな、お前のレンジでは作れまい』
「はい。大きすぎて入りませんし」
『だから具なのだ。魔法の転送と同じで、地面に魔法陣を出現させて、それに乗ると転送されるタイプのものだ。装置との違いは、一度しか使えぬということ』

 エネルギー源である魔導石は小さなものを使う。だから小型化した魔導具なのだが、デメリットとして一度使うと魔導石のエネルギーを全部使い切ってしまうと。

『実は転送装置よりも先に開発されたものなのだが、まぁ一度使うだけで魔導石が使えなくなるからな。あまりにも非効率だということで、大型の装置が作られたのだよ』
「へぇ、そうだったんですね」
『転送具も対となるものが必要だ。転送具を発動させたら、対となる魔導具の元に転移する仕組みになっておる』
「では対となる方をこちらにおいておけばいいですね。ヴァルゼさん、さっそく作成しましょう!」
『うむ。転送具であればポケットに入るようなサイズで可能だ。木片でもいいぞ』

 さっそく材料を――

「待ちなさいデュー」
「あ、ルキアナさん。おはようございます」
「おはよう――そうじゃなくって、ちゃんと朝ご飯を食べてからにするのじゃ!」

 朝ごはん……あ。

「す、すみませんっ。すっかり忘れていました」

 言ったとたん、僕のお腹がぐぅっと鳴った。





「術式はこれで合ってますか?」
『どれぞれ。ここがこうで……転移先の指定が……よし、合っておる。複数用意したのはなぜだ?』
「一応、テストをしておこうと思いまして。ほら、奴隷商人を探しにいくじゃないですか。帰りはこれを使って確かめようかと」

 そろそろ準備を済ませた冒険者さんが来るはずだ。
 もちろん、僕も同行する。
 領主として、この国の法を犯す者たちを放っておくわけにはいかない。
 確かめなきゃいけないことがあるんだ。
 奴隷を連れてエンバレス王国を通過するだけなのか、それとも奴隷をこの国の誰かに売りつけるつもりだったのか。

 前者の場合、奴隷を連れて入国した罪に問う必要がある。
 だけど入国法だけなので、罰金刑程度だ。
 でも後者の場合はそれだけじゃ済まない。
 当然、奴隷を買おうとしていた『誰か』も法の裁きを受けさせる必要がある。
 それが貴族だった場合、国王陛下にも知らせなきゃならない。

「デュカルト様。冒険者が来ました。本当に行かれるのですか?」
「もちろんです。僕には義務がありますから」
「俺たちも同行させて欲しい。商人の顔を知っているのは、俺たちだからな」
「ありがとうございます。えっと、なんてお呼びすればいいでしょう?」
「そ、そうか。そちらにだけ名乗らせてしまっていたな。申し訳ない。俺はグレイだ」
「グレイさんですね。よろしくお願いします」

 他にもうひとり、フォルダンさんも同行することになり、僕らはルキアナさんの実家に向かった。
 そこで一度暖を取って体を温め、少し早めの昼食を摂ったら再出発だ。
 
 雪の上をさくさく歩き、ヴァルゼさんの記憶にある大昔の坑道入口を目指した。

「足跡だ。隠す気もないようですね」
「追手が来るなんて思ってもないんでしょうな。まぁあとは、斥候に長けた者がいないとか」
「坊ちゃん。あっちの崖に足跡が続いています。横穴が見えるので、その中でしょう」
『この辺りは吾輩が生きていた頃から、横穴が多かったからな。硬い岩盤が多く、掘っては行き詰って放置した穴なのだ』
「そうなんですか。だとすると、そこそこ長い横穴もありそうですね」
 
 一直線の横穴ならいいけど、坑道のようにあちこち枝分かれしていたら面倒だな。
 穴が別の出入り口に繋がっていた場合も……。

「領主の坊ちゃん」
「あ、はい、なんでしょうグレイさん」
「血のニオイがしますぜ」

 その瞬間、全員に緊張が走った。