「"――により、契約は無効とされ、戒めを解く。レリィーズ・アンロック"」
魔術師のアマンダさんが、ヴァルゼさんに教わった呪文で手足の枷を外してくれた。
「まさか魔導具だったとはねぇ。しかも二重ロックだなんて、悪質だわ」
エルフの女性たちに着けられていたのは、魔法を使おうとすると全身に傷みが走るというものと、それから単純に枷の鍵を魔法でかけたものの二つ。
九人の獣人族の子供たちには、普通の鍵の魔法しかかけられていなかった。
でも鉄製の枷だし、なかなか外せなくてどうしようかと思っていたそうだ。
「それで、みなさんはいったいどういう経緯でここに? 差し支えなければ教えてください」
獣人族の大人たち――全員、子供たちの父親だって話だけど、彼らは顔を見合わせ頷き合った。
「俺たちはブリデイン国の最北に里を持つ獣人族だ。三カ月前、奴隷狩りがやって来て子供たちを攫っていった」
「それで、子供たちを助けるためにここへ?」
「そうだ。奴らは何故か平たんな道ではなく、険しい山道を選んだ。襲撃するならここだと思ったんだ」
「奴隷商人が山道を選んだのは、国境を通れなかったからでしょう」
「通れない? なぜだ」
なぜってそりゃあ、奴隷を連れていたら入国できないから。
そう話すと彼らは全員、驚いていた。
もしかして――
「ここはエンバレス王国です。エンバレスが奴隷制度を廃止したこと、ご存じないですか?」
「い、いや。俺たちは他国のことなんて、何も知らないから」
「坊ちゃん。普通はそうですよ。他所の国のことなんて、学ぶ機会がなければ知りませんからね。俺らのようにあちこち転々とする冒険者か、教師ってもんから学べる富裕層、貴族ぐらいですよ」
そうか。日本と違って、義務教育じゃないもんね。
お金がなければ学ぶこともできない。そういう世界だ。
僕は幸運なことに、侯爵の子として転生してきた。
だから学びたいことはなんでも学べたし、欲しいものもほとん父上が用意してくれた。
僕は恵まれているんだ。恵まれすぎている。
僕を基準に物事を考えてはダメだ。
「すみません。えっと、この国は二十年前、今の国王陛下がご即位した際に、奴隷制度が廃止されたんです」
「そうなのか。ではなぜ奴らはこの国に?」
「それはたぶん……廃止されたはずなのに、こっそり奴隷を買う貴族がいるからだと思います」
この国では奴隷の売買が禁止されている。
だからこそ高額で取引されているって、以前、父上が苛立った様子でそう話していたことがある。
エルフなんて珍しい種族なら、物凄く高値で取引されるだろう。
そういえば彼女たちはどうして?
「あの、エルフのみなさんは?」
「私たちも似たような感じです。獣人族のみなさんが暮らす里の近くにある森で暮らしていましたが、突然人間たち武器を持ってやってきて……魔導具の力で魔法を封じられ、私たちは捕まってしまったのです」
森には他にもエルフさんが暮らしていたけど、他の人が捕まったのか逃げ切れたのかわからないそうだ。
「それで、奴隷商人は?」
「……何人かは殺った。だが商人と、奴の部下がまだ何人か残っているはずだ」
てことは探してるだろうな。
「あぁ、だからか」
「どうしましたか?」
冒険者さんがぽんっと手を叩く。
「いやね、森の北東にも別の足跡があったんですよ。そっちは大人の足跡ばっかりだったんですがね」
「その足跡の行先は?」
「西ですね。そっちへ向かう別の足跡を追っていた感じです。ただその足跡」
そう言って冒険者さんが獣人族の大人たちを見た。
「そうだ。追跡を逃れるためにわざとつけた足跡だ。よくわかったな」
「まぁ、それが仕事なんでね」
わぁ、なんかカッコいい。
『ふむ、西か』
「どうかしましたか、ヴァルゼさん?」
『いやなに。生前の吾輩が出入りしていた鉱山の入り口がだな、町の傍にあるあそこではなく、ここから西の方角なのだよ』
「え、別の入り口があったんですか?」
『まぁ爆風で塞がっておる可能性が高いが、身を隠せる程度の場所はあるかもしれん』
あぁ、そっか。ヴァルゼさんを亡き者にしようとした人が、坑道を爆弾か何かで吹き飛ばしたんだっけ。
「デュカルト様、どうなさいますか?」
「うん、放ってはおけないけど……ヴァルゼさん、その場所って遠いですか?」
『そうだな。ロックレイの町からここまでの距離よりは少し遠いだろうか』
「なら、行くのは明日にしましょう。今から出発しても暗くなってしまいますし。それよりも、町に戻りませんか。この方たちも一緒に」
獣人族の子供たちを見ると、ずいぶん痩せ細って見える。
ブリデイン国は北の山脈を超えて、もう一つ別の国と超えた先にある。
かなりの距離を移動していているし、その間、まともに食事も貰えてなかったのだろう。
「戻ってご飯にしましょう。ここだとたいしたものもないでしょうし」
僕がそう言うと、子供たちの瞳が輝いた。
「何もなくて悪かったわね」
「え、あ、えっと、ル、ルキアナさん。そ、そういう意味じゃなくてですね」
「じゃあ、どういう意味じゃ?」
「ルキアナさぁん。怒らないでくださいよぉ」
「別に怒ってなんかないわよ」
勝手に家の中を物色されて、いい気はしないよね。
「ルキアナさん。今夜は甘ぁ~い夜食をご用意しますね」
そう呟くと、彼女の顔に笑みが浮かんだ。
魔術師のアマンダさんが、ヴァルゼさんに教わった呪文で手足の枷を外してくれた。
「まさか魔導具だったとはねぇ。しかも二重ロックだなんて、悪質だわ」
エルフの女性たちに着けられていたのは、魔法を使おうとすると全身に傷みが走るというものと、それから単純に枷の鍵を魔法でかけたものの二つ。
九人の獣人族の子供たちには、普通の鍵の魔法しかかけられていなかった。
でも鉄製の枷だし、なかなか外せなくてどうしようかと思っていたそうだ。
「それで、みなさんはいったいどういう経緯でここに? 差し支えなければ教えてください」
獣人族の大人たち――全員、子供たちの父親だって話だけど、彼らは顔を見合わせ頷き合った。
「俺たちはブリデイン国の最北に里を持つ獣人族だ。三カ月前、奴隷狩りがやって来て子供たちを攫っていった」
「それで、子供たちを助けるためにここへ?」
「そうだ。奴らは何故か平たんな道ではなく、険しい山道を選んだ。襲撃するならここだと思ったんだ」
「奴隷商人が山道を選んだのは、国境を通れなかったからでしょう」
「通れない? なぜだ」
なぜってそりゃあ、奴隷を連れていたら入国できないから。
そう話すと彼らは全員、驚いていた。
もしかして――
「ここはエンバレス王国です。エンバレスが奴隷制度を廃止したこと、ご存じないですか?」
「い、いや。俺たちは他国のことなんて、何も知らないから」
「坊ちゃん。普通はそうですよ。他所の国のことなんて、学ぶ機会がなければ知りませんからね。俺らのようにあちこち転々とする冒険者か、教師ってもんから学べる富裕層、貴族ぐらいですよ」
そうか。日本と違って、義務教育じゃないもんね。
お金がなければ学ぶこともできない。そういう世界だ。
僕は幸運なことに、侯爵の子として転生してきた。
だから学びたいことはなんでも学べたし、欲しいものもほとん父上が用意してくれた。
僕は恵まれているんだ。恵まれすぎている。
僕を基準に物事を考えてはダメだ。
「すみません。えっと、この国は二十年前、今の国王陛下がご即位した際に、奴隷制度が廃止されたんです」
「そうなのか。ではなぜ奴らはこの国に?」
「それはたぶん……廃止されたはずなのに、こっそり奴隷を買う貴族がいるからだと思います」
この国では奴隷の売買が禁止されている。
だからこそ高額で取引されているって、以前、父上が苛立った様子でそう話していたことがある。
エルフなんて珍しい種族なら、物凄く高値で取引されるだろう。
そういえば彼女たちはどうして?
「あの、エルフのみなさんは?」
「私たちも似たような感じです。獣人族のみなさんが暮らす里の近くにある森で暮らしていましたが、突然人間たち武器を持ってやってきて……魔導具の力で魔法を封じられ、私たちは捕まってしまったのです」
森には他にもエルフさんが暮らしていたけど、他の人が捕まったのか逃げ切れたのかわからないそうだ。
「それで、奴隷商人は?」
「……何人かは殺った。だが商人と、奴の部下がまだ何人か残っているはずだ」
てことは探してるだろうな。
「あぁ、だからか」
「どうしましたか?」
冒険者さんがぽんっと手を叩く。
「いやね、森の北東にも別の足跡があったんですよ。そっちは大人の足跡ばっかりだったんですがね」
「その足跡の行先は?」
「西ですね。そっちへ向かう別の足跡を追っていた感じです。ただその足跡」
そう言って冒険者さんが獣人族の大人たちを見た。
「そうだ。追跡を逃れるためにわざとつけた足跡だ。よくわかったな」
「まぁ、それが仕事なんでね」
わぁ、なんかカッコいい。
『ふむ、西か』
「どうかしましたか、ヴァルゼさん?」
『いやなに。生前の吾輩が出入りしていた鉱山の入り口がだな、町の傍にあるあそこではなく、ここから西の方角なのだよ』
「え、別の入り口があったんですか?」
『まぁ爆風で塞がっておる可能性が高いが、身を隠せる程度の場所はあるかもしれん』
あぁ、そっか。ヴァルゼさんを亡き者にしようとした人が、坑道を爆弾か何かで吹き飛ばしたんだっけ。
「デュカルト様、どうなさいますか?」
「うん、放ってはおけないけど……ヴァルゼさん、その場所って遠いですか?」
『そうだな。ロックレイの町からここまでの距離よりは少し遠いだろうか』
「なら、行くのは明日にしましょう。今から出発しても暗くなってしまいますし。それよりも、町に戻りませんか。この方たちも一緒に」
獣人族の子供たちを見ると、ずいぶん痩せ細って見える。
ブリデイン国は北の山脈を超えて、もう一つ別の国と超えた先にある。
かなりの距離を移動していているし、その間、まともに食事も貰えてなかったのだろう。
「戻ってご飯にしましょう。ここだとたいしたものもないでしょうし」
僕がそう言うと、子供たちの瞳が輝いた。
「何もなくて悪かったわね」
「え、あ、えっと、ル、ルキアナさん。そ、そういう意味じゃなくてですね」
「じゃあ、どういう意味じゃ?」
「ルキアナさぁん。怒らないでくださいよぉ」
「別に怒ってなんかないわよ」
勝手に家の中を物色されて、いい気はしないよね。
「ルキアナさん。今夜は甘ぁ~い夜食をご用意しますね」
そう呟くと、彼女の顔に笑みが浮かんだ。