「おはようございます」
「おはようございます、ご領主様」
「おはよう、坊ちゃん。ロックレイの冬には慣れましたかな?」
「井戸のお水が氷のように冷たいぐらいはなんとか」
初雪から一カ月。
ロックレイはすっかり雪に覆われた。
町のメイン通りに雪はない。融雪掃除がしっかり仕事をしてくれているから。
だけど家々の屋根の上は……。
「屋根の上の雪は、下ろさなくていいんですかね?」
「そろそろ下ろした方がいいだろうねぇ」
「ですよね。屋根の上にも融雪装置を設置すればよかった」
『ふぅむ。しかし今から設置するには、足を滑らせて落ちる危険性もあるな』
僕の背後霊となったヴァルゼさんの言う通りだ。
前世でも雪下ろし作業の途中で、足を滑らせ怪我をしたというニュースはよく見た。
雪が積もらないようにするべきか、それとも安全に雪下ろしができるようにするべきか。
雪国に疎い僕だと、どっちがいいのかわからない。
みんなにも意見を聞かなきゃな。
『デューよ。何か考えておるな?』
「はい。屋根の上に積もる雪のことで。融雪装置などで積もらないようにするのがいいのか、安全に雪かきができるようにした方がいいのかって悩んでまして」
『ふむふむ。吾輩も豪雪地帯での苦労は、よく知らぬからなぁ』
「え? でもヴァルゼさん、ここに研究所を作っていたのでしょう? 冬はどうしていたのですか?」
『はっはっは。地下に引き籠っておった』
あ、なるほど。引き籠って外に出てないのか。
って、ずっと引き籠ってたの!?
「デュー、お待たせ。さ、帰りましょ」
「はい。ところで何を買ったのですか、ルキアナさん」
『おい。吾輩も待ってやっていたのだぞ』
「プランターじゃ。ほら、融雪装置のおかげで暖かいでしょ? だから案外、植物を育てられるんじゃないかと思って」
「なるほどぉ」
確かに町の人たちはみんな、融雪装置のある通りが暖かいと言ってたっけ。
「荷物、僕も持ちますよ」
「大丈夫じゃ、これぐらい。子供に荷物を持たせるほど、非力じゃないわよ」
「僕は子供ですが、でも男です! 絶対に僕も持ちますっ」
むしろ女性に大きな荷物を持たせたままだなんて、自分が許せないんです!
半ば強引に荷物を奪い取って、それを抱えて歩き出す。
「ふふ。デューは立派な男の子じゃな」
「えぇ、僕は男ですから」
「ふふふ。いい男ねぇ」
くすくすと笑うルキアナさんを横目で見ると、なぜか……顔が熱くなった。
この辺りの融雪装置、温度調節ちゃんとできているんだろうか。
『吾輩、無視された……』
はいはい。いい歳した大人なんだから、いじけない。
「んふぅ~。このふわっふわのチーズケーキ、好きぃ」
今日のおやつはチーズケーキだ。
できたての温かいままいただく。冬なんかはこれが美味しいんだ。
「ルキアナさんはふわふわ派なんですね」
「ふわふわじゃないのもあるの?」
「はい。硬いという表現は適切ではないですが、しっとりとしたチーズケーキもあります。冷やして食べるタイプですね。僕はそっちのチーズケーキの方が好きなんですが、今日は温かいものがよかったので」
小豆があればぜんざいやおしるこもよかったんだけど、もう在庫が少ない。
なので餡子を使ったお菓子は、当分作れそうにないな。
「ルキアナさん。プランターで小豆って育てられないんですか?」
「小豆を? どうじゃろう……小豆は20℃を下回ると発芽もしにくくなるし、さすがに融雪装置の熱だけでは厳しいかも」
「結構高温じゃないとダメなんですね」
温度管理かぁ。
この世界にビニールがあれが、ハウス栽培もできるのだろうけど。
でもビニールはないしなぁ。
さすがにビニールの製造過程を知らないから、レンチンも無理だしね。
窓の外を見ると、さっきまで止んでいた雪がまた降りだしていた。
あ……そうだ、ガラスでも作れるじゃないか!
ガラスハウスが!
いやぁ、でも魔導レンジじゃ大きなものは作れないしなぁ。
『む? 剣士が戻ってきたようだ』
それまでじぃーっとチーズケーキをガン見していたヴァルゼさんが、扉の方に視線を向けた。
するとしばらくして扉をノックする音が。
「どうぞ」
「失礼します、デュカルト様」
入って来たのはフレドリクさんだ。ヴァルゼさん、当たりぃ。
部屋に入って来たフレドリクさんは、いつもより少し真剣な表情を浮かべていた――気がする。
「どうかしましたか?」
「はい。侵入者です」
「えぇ!?」
「侵入者って、もしかしてこの前の子爵の一味とか?」
『ふむ。穏やかではないな』
フレドリクさんの報告に僕らは驚く。
フレドリクさんと冒険者のみなさんは、雪が積もった今でも周辺の巡回をしてくれていた。
雪をかきわけて行くのかと思ったけど、魔法で雪上を歩いてるらしい。
そうして町の北側、山を少し登ったあたりで人らしき足跡を発見したそうだ。
「ひとりではなく、複数の足跡でした」
「複数ですか!? いったい何者でしょう。ただの旅人だという可能性は?」
『それはないだろう。この雪だぞ。山で遭難して凍死するのが目に見えておる』
「そうじゃ。ここから北は山々が連なる山脈じゃ。その向こう側にある国へ行くにしても、春や夏ならまだしも、この時期に山道を行こうとするヤツなんていないわよ」
まぁ、そうだよね。
北の国へ行く道だって、山を迂回する街道がちゃんと整備されてるし。
距離的には山を突っ切る方が早いけど、険しい山道を歩くのと平地を歩くのとでは移動速度が全然違う。
『その足跡はどちらの方角から来ておるのだ?』
「北です。今冒険者が追跡しておりますので、山を下っていなければまもなく見つかるかと」
「そうですか。わかりました。もし発見したら、町に連れて来てください」
「もし抵抗するようであれば?」
足跡は北から来てるってことは、隣国からこちらに入っているってことだろう。
街道を通れば国境検問所がある。たいした金額じゃないけど、当然、通行料が求められる。
また、不法な品を持ちこんだりしないよう、チェックもあるはずだ。
雪が積もった山道をわざわざ来るってことは、通行税を払えない難民か、もしくは本来エンバレス王国に持ち込んではいけない物を運んでいるか……。
本当にただの旅人だったらいいんだけど。まぁそれでも入国税は払って貰わないとね。
食器を片付けて領主としてのお仕事、書類整理をしていると――
「領主様、見つけたぜっ」
冒険者が僕を訪ねて来た。
「おはようございます、ご領主様」
「おはよう、坊ちゃん。ロックレイの冬には慣れましたかな?」
「井戸のお水が氷のように冷たいぐらいはなんとか」
初雪から一カ月。
ロックレイはすっかり雪に覆われた。
町のメイン通りに雪はない。融雪掃除がしっかり仕事をしてくれているから。
だけど家々の屋根の上は……。
「屋根の上の雪は、下ろさなくていいんですかね?」
「そろそろ下ろした方がいいだろうねぇ」
「ですよね。屋根の上にも融雪装置を設置すればよかった」
『ふぅむ。しかし今から設置するには、足を滑らせて落ちる危険性もあるな』
僕の背後霊となったヴァルゼさんの言う通りだ。
前世でも雪下ろし作業の途中で、足を滑らせ怪我をしたというニュースはよく見た。
雪が積もらないようにするべきか、それとも安全に雪下ろしができるようにするべきか。
雪国に疎い僕だと、どっちがいいのかわからない。
みんなにも意見を聞かなきゃな。
『デューよ。何か考えておるな?』
「はい。屋根の上に積もる雪のことで。融雪装置などで積もらないようにするのがいいのか、安全に雪かきができるようにした方がいいのかって悩んでまして」
『ふむふむ。吾輩も豪雪地帯での苦労は、よく知らぬからなぁ』
「え? でもヴァルゼさん、ここに研究所を作っていたのでしょう? 冬はどうしていたのですか?」
『はっはっは。地下に引き籠っておった』
あ、なるほど。引き籠って外に出てないのか。
って、ずっと引き籠ってたの!?
「デュー、お待たせ。さ、帰りましょ」
「はい。ところで何を買ったのですか、ルキアナさん」
『おい。吾輩も待ってやっていたのだぞ』
「プランターじゃ。ほら、融雪装置のおかげで暖かいでしょ? だから案外、植物を育てられるんじゃないかと思って」
「なるほどぉ」
確かに町の人たちはみんな、融雪装置のある通りが暖かいと言ってたっけ。
「荷物、僕も持ちますよ」
「大丈夫じゃ、これぐらい。子供に荷物を持たせるほど、非力じゃないわよ」
「僕は子供ですが、でも男です! 絶対に僕も持ちますっ」
むしろ女性に大きな荷物を持たせたままだなんて、自分が許せないんです!
半ば強引に荷物を奪い取って、それを抱えて歩き出す。
「ふふ。デューは立派な男の子じゃな」
「えぇ、僕は男ですから」
「ふふふ。いい男ねぇ」
くすくすと笑うルキアナさんを横目で見ると、なぜか……顔が熱くなった。
この辺りの融雪装置、温度調節ちゃんとできているんだろうか。
『吾輩、無視された……』
はいはい。いい歳した大人なんだから、いじけない。
「んふぅ~。このふわっふわのチーズケーキ、好きぃ」
今日のおやつはチーズケーキだ。
できたての温かいままいただく。冬なんかはこれが美味しいんだ。
「ルキアナさんはふわふわ派なんですね」
「ふわふわじゃないのもあるの?」
「はい。硬いという表現は適切ではないですが、しっとりとしたチーズケーキもあります。冷やして食べるタイプですね。僕はそっちのチーズケーキの方が好きなんですが、今日は温かいものがよかったので」
小豆があればぜんざいやおしるこもよかったんだけど、もう在庫が少ない。
なので餡子を使ったお菓子は、当分作れそうにないな。
「ルキアナさん。プランターで小豆って育てられないんですか?」
「小豆を? どうじゃろう……小豆は20℃を下回ると発芽もしにくくなるし、さすがに融雪装置の熱だけでは厳しいかも」
「結構高温じゃないとダメなんですね」
温度管理かぁ。
この世界にビニールがあれが、ハウス栽培もできるのだろうけど。
でもビニールはないしなぁ。
さすがにビニールの製造過程を知らないから、レンチンも無理だしね。
窓の外を見ると、さっきまで止んでいた雪がまた降りだしていた。
あ……そうだ、ガラスでも作れるじゃないか!
ガラスハウスが!
いやぁ、でも魔導レンジじゃ大きなものは作れないしなぁ。
『む? 剣士が戻ってきたようだ』
それまでじぃーっとチーズケーキをガン見していたヴァルゼさんが、扉の方に視線を向けた。
するとしばらくして扉をノックする音が。
「どうぞ」
「失礼します、デュカルト様」
入って来たのはフレドリクさんだ。ヴァルゼさん、当たりぃ。
部屋に入って来たフレドリクさんは、いつもより少し真剣な表情を浮かべていた――気がする。
「どうかしましたか?」
「はい。侵入者です」
「えぇ!?」
「侵入者って、もしかしてこの前の子爵の一味とか?」
『ふむ。穏やかではないな』
フレドリクさんの報告に僕らは驚く。
フレドリクさんと冒険者のみなさんは、雪が積もった今でも周辺の巡回をしてくれていた。
雪をかきわけて行くのかと思ったけど、魔法で雪上を歩いてるらしい。
そうして町の北側、山を少し登ったあたりで人らしき足跡を発見したそうだ。
「ひとりではなく、複数の足跡でした」
「複数ですか!? いったい何者でしょう。ただの旅人だという可能性は?」
『それはないだろう。この雪だぞ。山で遭難して凍死するのが目に見えておる』
「そうじゃ。ここから北は山々が連なる山脈じゃ。その向こう側にある国へ行くにしても、春や夏ならまだしも、この時期に山道を行こうとするヤツなんていないわよ」
まぁ、そうだよね。
北の国へ行く道だって、山を迂回する街道がちゃんと整備されてるし。
距離的には山を突っ切る方が早いけど、険しい山道を歩くのと平地を歩くのとでは移動速度が全然違う。
『その足跡はどちらの方角から来ておるのだ?』
「北です。今冒険者が追跡しておりますので、山を下っていなければまもなく見つかるかと」
「そうですか。わかりました。もし発見したら、町に連れて来てください」
「もし抵抗するようであれば?」
足跡は北から来てるってことは、隣国からこちらに入っているってことだろう。
街道を通れば国境検問所がある。たいした金額じゃないけど、当然、通行料が求められる。
また、不法な品を持ちこんだりしないよう、チェックもあるはずだ。
雪が積もった山道をわざわざ来るってことは、通行税を払えない難民か、もしくは本来エンバレス王国に持ち込んではいけない物を運んでいるか……。
本当にただの旅人だったらいいんだけど。まぁそれでも入国税は払って貰わないとね。
食器を片付けて領主としてのお仕事、書類整理をしていると――
「領主様、見つけたぜっ」
冒険者が僕を訪ねて来た。