何人かが山に向かって駆けていく。僕とフレドリクさんはその後を追った。
 
 鉱山は町から十数分ほどの場所にあって、とても近い。
 坂道を駆け上がる途中で、向こうから担架に乗せられた負傷者が運ばれて来るのが見えた。

「みなさん大丈夫ですか!?」
「ん? なんだ小僧。見慣れない顔だな」
「こちらは本日付けで領主となられた、ハーセラン侯爵様のご子息、デュカルト様だ」
「侯爵様のご子息!? ってことは、あの野郎はクビですかい」
「それが……着任書が届いてないからとゴネてまして」

 そう言うと、担架を運んでいた人たちが舌打ちをする。
 子爵は鉱山の作業員から嫌われているみたいだね。
 そんなことより怪我人だ。

「崩落現場から全員救出できたのですか?」
「あぁ、それは心配ねぇ。ただ……」
「ただ?」

 全員の視線が、担架に横たわる人に注がれる。
 小さな怪我はいくつかあるけれど、出血量は少ないように見える。
 だけど物凄く苦しそうだ。
 顔は蒼白になり、息も絶え絶えな状況。
 首筋に黒い染みのようなものが……まさか!?

「もしかして毒ガスですか? ここの鉱山では、稀に毒ガスが出ることがあると資料にもありましたっ」
「あぁ、そうだ。怪我のほうは全員たいしたことはねぇ。けど毒が噴出しちまって、ほとんどの連中がそれを吸っちまったんだ」
「大変だ。すぐに解毒薬を! 屋敷に行ってきますっ」

 毒にはそれに対応した専用の薬が必要だ。
 もちろん、ここの毒ガスを解毒できる薬は、領主側で用意されている。
 
「無駄だぜ坊ちゃん」
「え?」
「ゼザークの野郎が経費削減つって、採掘に必要な道具はもちろん、薬もけちって二年前から発注してねぇんだ」
「薬を買ってないんですか!? でも父上の下に届く収支報告書には、ちゃんと薬の項目も――」
「やっぱりな。野郎、経費を着服してやがるな」

 労働者の命を守るための薬代を自分の懐に入れるなんて……予想以上の下衆みたいだ。
 それでももしかしてと領主代理の屋敷へと向かった。

「く、薬? あー、えー……そ、そうだっ。なぜ鉱山で崩落事故なんて起こったんだ! 鉱山には立ち入り禁止令を出していたというのにっ」
「立ち入り禁止? どういうことですか、ゼザーク子爵。父上からそんな話は聞いていませんよ」
「そ、それは……えぇい、とにかく禁止なものは禁止だっ。わしの命令を無視した者にくれてやる薬はない!」

 何を勝手なことを。
 そもそもくれてやる薬だってないんじゃないのか?

「勝手なことはしないでください。子爵、あなたは他家から来た領主代理の者です。何をするにも父上の了承を得てやるべきでしゅ!」
「うっ……」

 キっと睨みつけるが、さすがに十二の子供じゃ威圧するなんて無理――あれ? 子爵の顔が青ざめた。
 あ、僕の後ろを見て蒼くなってるね。
 フレドリクさんか。あはは。

 ここには薬はない。鉱山の人たちが言った通りだ。
 負傷者が運ばれた鉱山組合の建物に、急いで向かう。

「うわぁ、ここもずいぶん傷んでるねぇ」

 僕らが案内された宿と変わらず、組合の建物もかなりガタがきている様子。
 中に入ると十人ほどのおじさんおばさんが慌ただしく動き回っていた。

「お、坊ちゃんじゃねえか。その顔だとやっぱり薬はなかったみてぇだな」
「はい。申し訳ありません」
「なんで坊ちゃんが謝るんだ。悪いのはゼザークの野郎だ」
「でも彼に領主代行をやらせていたのは、ハーセラン侯爵家ですので」
「おいおい、俺らだって事情はちったぁ知ってるつもりだぜ。ハーゼラン侯爵様は、ガルバンダ侯爵に押し切られてあいつを代理に任命したんだろ。それもこれもあの、傲慢だって噂のガルバンダ侯爵の娘が悪ぃんだ」

 こんな辺境でも、義母の悪評は届くようだ。
 まぁあの子爵を推薦するような家門の娘だし、ここでは評判が悪くても当然か。
 でも今はそんなことどうでもいい。
 なんとかして薬を手にいれないと。

「ここから一番近い町まで馬を走らせて……それでも往復二日はかかる。それじゃ間に合わないっ」

 父上から事前に渡された資料には、ここの毒は強力で、早い者だと二日で命を落とす可能性もあると書いてあった。
 命を落とさなくても、多くの場合は後遺症で体が麻痺する――と。

 どうする。どうすればいい。

「森の魔女ならもしかすると、薬を調合できるかもしれねぇ」
「え? 森の魔女?」
「あぁ。こっから少し山を登った所に深い森があんだ。そこに魔女が住んでてな。たまーに町に下りて来ては、薬と食料を交換して帰るんだよ。ゼザークの野郎が着任してからは、魔女の薬だけが頼りだったんだ」
「じゃ、魔女さんにお願いすればっ」

 薬が手に入る!

「それがなぁ……森へ行くためには吊り橋を渡んなきゃならねえんだが、二カ月前ぐれぇ前からエンパイヤパイソンがうろちょろするようになってな」
「あんな奴、今まで見たこともなかったのによぉ」
「そのエンパイヤパイソンって、強いモンスターなんですか?」
「当たり前ぇだ!「そうでもないですよ」ん?」

 今のは……フレドリクさん?

「おいおいおいおい、あんちゃん。エンパイヤパイソンつったら、ランクはBだぞ?」

 おぉ、強い!
 モンスターの強さを分かりやすく分類するために、ランクっていうのが付けられている。
 S、A、B、C、D、E、Fの七段階だ。
 Bといえば真ん中より上。
 そもそも真ん中のCですらその辺の騎士や冒険者だと、ひとりでは太刀打ちできない強さだ。

「エンパイヤパイソンでしたら、これまで何度か倒しています」
「だ、だとしてもだ、ひとりじゃねえだろ」
「いえ、ひとりです」
「え?」
「ひとりです」

 大事なことだから二回言った!?