「ようこそ、冒険者のみなさん。こんな山奥までご足労いただき、ありがとうございます」

 ダンジョンモンスターが徘徊しているかもしれない。
 かもしれないとはいえ、実際にルキアナさんの実家がある森やその付近の山から動物の姿は消えている。
 そのモンスターが町に下りてこないとも限らない。
 冬の間、ドワーフ族のみなさんは里に帰る。そうでなくてもこの状況だ。里を守るために帰った方がいいだろう。

 町にはフレドリクさんがいる。ルキアナさんも魔法が使えるし、モンスターと戦った経験はいくらでもあると言っていた。
 でも二人だけじゃ、さすがに人手が足りない。

 ってことで、フレドリクさんの案で冒険者を雇うことになった。

「あのフレドリクさんからの知り合いからの依頼だ。山の中だろうが無人島だろうが、喜んで駆け付けるぜ」
「あの方のお役に立てるんだ。冒険者としてこれほど名誉なことはないさ」
「"閃光のフレドリク"。あの人と肩を並べられるなんて……あぁ、もう感激ぃ」

 ん、んん?
 フ、フレドリクさんって、冒険者の間では有名なのかな?
 それにしても、閃光のフレドリクって二つ名までつけられてるし。

「で、では、みなさんに使っていただくお部屋にご案内します」
「本当にいいんですか? 領主様のお屋敷を使わせてもらって」
「はい。といいますか、この町の宿はその……経営者がいませんので」

 宿は何軒かある。あるだけで、宿を営む人はいない。
 最後の宿は一年半前に、主が町を出て行った。
 それからずっと使われていないから、あちこちガタがきている。
 寒い時期だと隙間風がびゅーびゅー入って来て、とてもじゃないけど使わせられない。

「屋敷といっても、今ここで暮らしてるのは五人だけなんです。部屋も余ってますし、ぜひ使ってください」
「そういうことでしたら、有難く使わせてもらいます」
「ひと冬まるまる、宿代払わなくていいってのは助かるな」
「宿代、本当にいいの? 小さいご領主様」
「はい。その代わり、雪が積もったら町の中の雪かきを手伝っていただくことになりますので、よろしくお願いします」

 雪が積もるまでの間は、町の周辺を巡回してもらうことになっている。
 少し足を延ばしてルキアナさんの実家がある森の方まで行っていただこうかと。
 雪が積もれば、町と鉱山の周辺を警備してもらう。
 ついでに雪かきもお願いできれば、高齢の方が多い町にとってはとても助かる。

「それは任せてくれ」
「ガキの頃はよくやったもんだぜ」
「へぇ。俺は比較的暖かい地方の生まれだから、雪かきなんてやったことないな」
「あはは。僕もそうです。なんでも僕の身長ぐらいまで積もるそうですよ」
「うひぃー。領主様、埋もれないでくださいよ」
「善処します」

 雪かきするときは気を付けなきゃな。

 ロックレイに来てくれた冒険者は全部で十七人で、四つのパーティーだ。
 四人パーティーが三組で、残りの一組は五人パーティー。
 各パーティーごとに動いて貰って、常に最低限でも一パーティーは町に残ってもらう。

 何事もなければいいのだけれど。

『デュー。デューよ』
「うわっ。ま、まだダメですよっ。あの、みなさん、言い忘れていましたが――」

 ゴーストは冒険者にとっては、狩るべきモンスターだ。
 でもヴァルゼさんを狩られるわけにもいかないので、事情を説明するまでは姿が見えないようにして欲しいとお願いしていた。
 退屈だったのか、ヴァルゼさんがすぅっと現れてしまったもんだから――

「ご領主様っ」
「ゴースト、いやレイスか!?」
「神よ。彷徨いし魂を、浄化したまえ!」
「わーっわーっ!! ヴァルゼさんは悪霊ではありませんっ。浄化しないでくださいっ」
『ぐわー、うげー、ぎゃー』

 棒読み! ヴァルゼさん棒読み!!
 すっごいわざとらしいジェスチャーで、苦しんでいるように見せている。
 一人の神官さんが神に祈りをささげたけども、他は誰もまだ何もしていない。
 必要以上にうわーとかうぎゃーとか白々しく叫ぶもんだから、だんだんと冒険者のみなさんも胡散臭く見えてきたようだ。

「みなさん、待ってください。この幽霊はロックレイの復興に欠かせない人物なんです」
「りょ、領主様? 憑りつかれているから、そう思えているだけじゃ」
「憑りつかれていることは否定しません。ですが聞いてください」

 決して外部に漏らなさい。そういう約束をお願いしてから、ヴァルゼさんとの出会いから話した。
 元々、口の堅い、信用できる冒険者を――という条件で依頼を出したのもある。
 ルキアナさんなんかは、そんな程度で本当に約束が守れるのかって心配していたけど、どうやらフレドリクさんの口添えもあってその辺りは大丈夫そうだ。
 冒険者ギルドでもそういう人を選んでくれたようだし。

「なるほど。このレイスは古代魔法王朝時代の魔術師なのですね」
『大賢者である』
「魔導具の再利用……本当に可能なんですか?」
「まだなんとも言えません。鉱石の量が少なすぎて、精錬できないものですから」

 冒険者にとって魔導具は、生存率を大幅に向上させる貴重なアイテムだ。
 数が少なく、そのうえ使い捨て。
 今現在存在している魔導具って、いくつぐらいなんだろう?

「はいっ。あの、あたし、エンチャントリングを持っているんですが、買った時から使えなかったんです」
「おいおい、それ騙されたんじゃないのか? 消耗しきったヤツを掴まされたんじゃ」
「それはない。あたし、魔導石にエネルギーが残ってるかどうかは、感じ取れるもの」

 そう言うのは、魔術師の女性だ。
 魔術師は魔素の流れが分かるから、魔導石のエネルギーの残量があるかどうかぐらいはわかるらしい。

『ふむ。吾輩に見せてみろ』
「ヴァルゼさんは生前、魔導具の研究をしていたそうなんです」
「そうなの!? じゃ、見てください。んー、んー、あった。これなんですけど」
『ふむ。簡単だな。リングの内側に刻まれた術式にゴミが詰まって、エネルギーの伝達が止まってしまっておるのだ』
「じゃ、使えるんですか?」
『使えるが、古い物であるからな。刻印も薄くなっておるし、これなら作り直した方がいいだろう』

 そう言ってヴァルゼさんは僕を見た。
 僕を見て、ニタァっと笑う。
 そして――

『デュー。レンチンしてみろ』

 ――そう言った。