「坊ちゃん、今日の晩飯は何をレンチンすんだ?」
「えぇっと、お米を使った料理です」

 坑道内で野宿する気満々で、テントや寝袋、そして食材も持参している。
 
「米かぁ。あんま食ったことがねぇなぁ」
「私は食べたことがないわ。見たこともないし」
「自分はあります。魚介や野菜と一緒に炒めたものですが」

 フレドリクさんが言ってるのは、チャーハン……のようなものではなく、パエリアの方。
 この世界のお米の使われ方って、パエリアやリゾットのようなメニューばかり。
 あとは砕いて家畜の餌……それがこの世界のお米だ。

 前世が日本人の僕としては、白米が食べたい。塩おいぎりもいい。
 だけど外国米のような細長くて、ぱさぱさした食感のお米だと白米で食べたいとは思わないんだよね。
 実際に食べてみると、なんか味気ないし。

 そこで僕は父上に頼んで、各地からお米を集めてもらった。
 そして食べた。
 食べて食べて、ついに見つけたんだ!
 日本のお米のように粘り気があって、噛めば噛むほど甘みが染み出るお米を!

「材料はお米と豚肉、小麦粉に卵、パン。調味料の塩胡椒、出汁、そして――油。じゃ、レンチンしますね。"魔導レンジ"」
『ん? 魔導?』

 油の入った鍋とは別に、どんぶり椀もいれてある。
 レンジのサイズ問題で、ひとり分ずつしか作れないのが難点かな。

 チーンっと音が鳴ると、期待するような眼差しの三人が傍にやってくる。
 レンジの扉を開くと、ほかほかと湯気の立つどんぶりが。

「こ、これは?」
「はい、これはかつ丼です。豚肉にパン粉をつけて油で揚げ、それを出汁で軽く煮込んで溶き卵を落としたものです」

 出汁はしょうゆ、砂糖、料理酒、鰹節を使っている。
 料理酒はこの世界にもあったから問題はなし。鰹節、これもレンチンで作ったものだ。

 残り三人前をすぐに用意する。
 そうだ、ヴァルゼさんの分……幽霊だし、食べられない、よね?
 でもなんか用意しないのは申し訳ない気がして、小さめのかつ丼を用意することにした。

 おかずは筑前煮だ。といっても具材は人参、大根、ゴボウと鶏肉だけ。
 コンニャクは僕の好物でもあるから、いつかレンチンで作りたい。そのためにもコンニャク芋を探さなきゃいけないけど。

「では、冷めないうちに食べましょう。いただきまぁす」
「い、いただきます」
「パン粉ってのは、パンなのか? ん、おぉ、こりゃうめぇ!」
「そうです。本来の調理方法だと、豚肉に塩胡椒を振って包丁の背で叩くんです。それに小麦粉をしっかり付け、溶き卵に潜らせ、パン粉を付けます」

 それを油で揚げ――出汁と一緒に火にかける。といっても、出汁が沸騰するまでの一分程度だ。
 沸騰したら別に用意してある溶き卵をぐるーっと回し入れて――卵が半熟の状態で火から下ろす。

「タマネギも一緒に入れると美味しいのですが、持って来るの忘れちゃって」
「いやいや、十分うめぇよ。卵が甘えぇ」
「お肉もサクサクじゃ。それにお米、こんなに甘いなんて知らなかった」
「自分が食したことのあるお米とは、まったく違います」
「ふっふっふ。このお米はとっておきなんです。外国から取り寄せてもらったものなんですが、生産量が少ないんですよ。まぁ米食そのものが少ないですが」

 みんな喜んでくれてよかった。
 ヴァルゼさんはどうかな?
 彼の前に置かれたどんぶりを、じーっと見つけている。

 は!?
 そうだった……ヴァルゼさんは物に触れられないんだった。
 どうしよう。傷つけてしまっただろうか。

『少年』
「ご、ごめんなさい。気づかなくて」
『魔導』
「え?」

 ギュンっとヴァルゼさんが僕の目の前に移動した。
 ち、近いっ。

『魔導レンジ、と申したな?』
「は、はい。魔導レンジです」
『その魔導具はどこで手に入れた!? 誰作のものだ!?』

 ま、魔導具?

「あ、いえ、あれは魔導具ではなく、スキルです」
『スキルだと!? ど、どういうことだ?』

 魔導――とつくから、そこに興味を持ったのか。
 スキルを習得した経緯を説明すると、彼は腕を組んで考え込んだ。
 それからおもむろに立ち上がると、ふわふわとその辺りを徘徊し始める。

『お、あったあっ――掴めぬ! 少年!』
「はいっ。この石ですか?」
『これもだっ。それとこれもっ』
「手伝いましょう、デュカルト様」
「ありがとう、フレドリクさん」

 全部で五つの石。小さいものだと親指の先ぐらい。大きなものでもピンポン玉ぐらいの石だ。

『むふん』
「え、これどうするんですか?」
『魔導レンジでチンするのだ』

 チ、チンする?
 いやいや、石だし!

「魔導レンジは調理スキルなんです。食べられないものはレンチンできませんよ」
「薬の調合も可能じゃ。だけど薬もある意味、飲食物みたいなものじゃから」
「そうです。とにかく食べれるもの、飲めるものしかレンチンできないんです」
『試してみたのか?』
「え?」
 
 試す? いやだって調理スキルだし、試すもなにも。
 
『少年。魔導というものを軽んじてはいかん!! 魔導とは――』
「ま、魔導とは?」

 ぐっと拳を握りしめ、ずいぶんと溜める。
 そこからバっと両手を広げ、

『浪漫だ!』(浪漫だ……浪漫だ……ろ)

 っと、坑道に響きわたる大音量で言った。
 
「バッカじゃない?」
『辛辣うぅぅぅぅぅぅっ』
「もっと具体的に言えよ」
『ドワーフまで!? くっ。いいか? 魔導とつくのであれば、それがたとえスキルであろうとも、たかが料理を作るだけのものであるはずがないのだ!』

 料理だけじゃ、ない?

『何事にもやってみなければならぬだろう。さ、やるのだ。チーンっと』
「いや、そう言われても……」
「このスキルは、坊やが調理過程を知っていることが前提じゃ。薬を調合した際には、私が調合方法を教えてげたんだから」
『ふむ。ではドワーフよ。鉄の精錬方法を教えるのだ』

 鉄? ってことはこの石、鉄鉱石なのかな。

「ふむ。そいつぁなかなか面白いじゃねえか。よしきた。だが鉄は材料がねぇから無理だな。鋳物なら熔かすだけで作れる」

 その工程を聞かされ、僕はそれを頭の中で反復させた。

 そして実際にレンチンする。
 これ、失敗したら焦げるんだろうか?
 まさかレンジが爆発とかしないよね?

 ちょっと不安になりながらも、スタートボタンを押す。
 熔かして、固める。溶かして……。インゴットみたいにするのかな?

 チーンっと音がした。
 普段より緊張しながら扉を開くと、中には濃いグレーの板状のものが入って……うええぇぇー!?

 できてる……料理以外のことまでできてる!?