「ごちそうさまでした。こうして毎日、美味しい食事ができるのはデュカルト様のおかげです」
「いやいや。僕は習得したスキルに食材を入れてレンチンしているだけだから」
「いやいやいやいや。レンチンとは素晴らしいものです」
屋敷を出て九日。食事のたびにフレドリクさんはこうして感謝してくれる。
男爵は貴族階級の中でも下位の方。
とはいえ、食べるのに困るような家門じゃないはず。
それなのに食べることにここまで感謝するのは――
「自分は男爵家の三男として生まれました。上の兄二人は健在ですので、自分が男爵家の家督を継ぐことはできません。もっとも継ぐ気もありませんが」
「そう、なんですか」
「はい。ですので父の許しを得て、十三の歳に家を出ました。家を出て、冒険者として自分の腕を磨いていたのです」
「わぁぁっ、冒険者ですか! では、では、迷宮にも行かれたことが?」
僕の質問にグレドリクさんは頷いた。
うおぉぉ、RPGの世界だぁ。
僕は貴族の子に生まれて来たし、冒険者になることはないと思っていたんだ。
だから冒険者ってのには憧れていたんだよねぇ。
そっかぁ。家督を継がないのなら、家を出て冒険者になるって手も――いや、止めよう。
僕も一応、剣の扱いを習ってはいたけど、あんまり才能はないようだし。
無駄にたくさんある魔力だって、魔法の才がゼロだもんなぁ。
これでも一応、王宮魔術師がわざわざ来て、魔術の家庭教師をしてくれたんだけどねぇ。
まぁその結果わかったのが、魔法の才能なしだったんだけどさ。
「迷宮に潜っている間は、ロクな食事も摂れません。悠長に食事の準備をしている余裕なんてないですし、なによりニオイでモンスターが集まってきますから」
「あぁ、なるほど。それだと魔導レンジは食事の準備時間という点では、一瞬で済みますもんね」
「そうです。こうして温かい食事ができるというのは、冒険をするにあたってとても重要だと思っているのです」
肉体的にも精神的にも、疲れを癒すのに簡単な方法が温かい食事だとフレドリクさんは言う。
その言葉には僕も大いに賛同するね。
仕事を終え、終電ギリギリでの帰宅が当たり前だった。
疲れていても、レンジでチンした温かいご飯を食べると、ほっとしたもんだ。
「明日にはロックレイに到着いたします」
「うん。もう少しだね」
ロックレイは山間の小さな領地で、鉱山と町がひとつあるだけ。
金銀に鉄鉱石宝石がざっくざく採掘できていたらしいけど、それも昔の話。
ここ十年は採掘量も激減して、税を払えば何も残らない、いやむしろ赤字な状態だ。
そんな領地を、父上は僕に任せた。
「発見された新しい鉱石って、なんだろうなぁ」
「需要が見込めそうなものだといいですね」
「うん」
先日、鉱山から見たこともない鉱石が出た――と父上の下に報告があった。
何の鉱石なのか、需要が見込めるものなのか。
それを調べるのに鑑定する必要がある。
そこで僕の出番だ。
秘めたるスキルの発現儀式――人は稀に、潜在的なスキルを持つ者がいる。
加護を持って生まれる人よりは確率が高いけど、その儀式で僕が習得したのは『魔導レンジ』と、そして『鑑定』だ。
父上の話だと、潜在的なスキルが複数ある場合、元となるスキルに関連したものだってことだ。
たぶん、食料に適しているかどうか、ちゃんと知る必要があるからだろうな。
たとえばさ、河豚とかって身は絶品だけど、肝はヤバいからね。
ただしくレンチンするために、必要なスキルなんだろう。
鑑定スキルはレアスキルに該当する。
だから使える人は少ない。
それ故か、偽の鑑定書を作るやつもいるぐらいだ。
新しく発見された鉱石を、他人に鑑定させるわけにはいかない。
それともうひとつ。
まだ十二歳の僕が領主として就かなきゃいけない理由がある。
はぁ……こっちの方が面倒くさそうなんだよなぁ。
「とうちゃーっく!」
実家を出て十日目の午後。予定通りロックレイの町へ到着した。
廃坑寸前の鉱山を抱える町なだけあって、活気が――ない。
まぁ山間の町だし、隣国に抜ける道なんてのもない。
なんせ町の奥は巨大な山脈だからね。
事前に父上から見せてもらったロックレイの資料だと、この数年で若者はみんな山を下りてしまったって書いてあったっけ。
人口はついに百人を切ったってことだけど、そうなると町の建物の半数以上が空き家かぁ。
到着したその足で領主代理の屋敷に向かったのだけれど。
「りょ、領主代理交代ですと!? そ、そそ、そんな話、ガルバンダス侯爵から聞いていないぞっ」
なんでガルバンダス侯爵から話を聞くんだよ。
ここはハーセラン侯爵領なのに。
ま、仕方ないか。
焦ってカミカミのこの人は、僕がここに到着した時点で「元」領主代理ゼサーク子爵だ。
義母の実家であるガルバンダス侯爵家の腰巾着家門の人だ。
二年前、ガルバンダス侯爵が執拗にロックレイの領主代理にゼサーク子爵を――と言ってきて、父上は何度も断ったんだけど、その度に母上の実家の事業を邪魔してきたから、最後は仕方なく承諾したんだよね。
まぁ廃坑予定だったし、問題はないだろうと思って。
けど、それまでなんとかギリギリ赤字を回避していたのに、子爵が着任してから大幅な赤字になってるんだよ。
父上の下に届く収支報告書も、どこか不自然なところがあったようだし。
だから僕が来た。
侯爵家の嫡男の僕がここへ来たなら、子爵は出て行くしかない。
まぁ難癖をつけて、すぐには出て行かないかもしれないけど。
「ち、着任書も届いていないのだ。だからわたしが領主代理であることに変わりはないっ」
ほら、こんなふうにごねてね。
だから見つけなきゃいけない。この男が帳簿を改ざんしているという証拠を。
それにしても、机の周りがぐちゃぐちゃだ。これじゃあ重要書類も埋もれていそうだ。
床にまで紙が散乱しているし。
「父上からの着任書が届くまで、僕らも待ってるよ。ところで、僕らはどこで寝泊まりすればいいんだろう?」
「そ、それなら……えぇと、おぉ、そうだ! 町で一番大きな屋敷をくれてやろう」
くれてやろうって、なんで上から目線なんだろう。
ま、こっちは十二歳の子供だしね。
しかし困ったなぁ。
証拠を探すために、この屋敷で寝泊まりしたかったんだけど。
とりあえず今日のところはゆっくり休んで、明日考えようっと。
――と思ったんだけど、これはゆっくり休んでもいられなさそうだ。
「侯爵様のご子息に、このようなボロ屋を案内するとは……」
「まぁまぁフレドリクさん。町で一番大きな建物ってのは嘘じゃないし」
でもこれ、屋敷じゃなくって宿屋……だよね。
今は使われていない、なんかちょっと出そうな大きな宿だ。
休むよりも前に、掃除しなきゃなぁ。
ん?
なんか騒がしい。さっきまで活気もなかったのに。
いや、これは活気じゃない。
「何かあったようですね」
「うん」
慌てて僕らの横を通り過ぎる人を、フレドリクさんが捕まえる。
「何があった?」
「崩落だっ。坑道が崩落したんだよっ」
ほ、崩落だって!?
「いやいや。僕は習得したスキルに食材を入れてレンチンしているだけだから」
「いやいやいやいや。レンチンとは素晴らしいものです」
屋敷を出て九日。食事のたびにフレドリクさんはこうして感謝してくれる。
男爵は貴族階級の中でも下位の方。
とはいえ、食べるのに困るような家門じゃないはず。
それなのに食べることにここまで感謝するのは――
「自分は男爵家の三男として生まれました。上の兄二人は健在ですので、自分が男爵家の家督を継ぐことはできません。もっとも継ぐ気もありませんが」
「そう、なんですか」
「はい。ですので父の許しを得て、十三の歳に家を出ました。家を出て、冒険者として自分の腕を磨いていたのです」
「わぁぁっ、冒険者ですか! では、では、迷宮にも行かれたことが?」
僕の質問にグレドリクさんは頷いた。
うおぉぉ、RPGの世界だぁ。
僕は貴族の子に生まれて来たし、冒険者になることはないと思っていたんだ。
だから冒険者ってのには憧れていたんだよねぇ。
そっかぁ。家督を継がないのなら、家を出て冒険者になるって手も――いや、止めよう。
僕も一応、剣の扱いを習ってはいたけど、あんまり才能はないようだし。
無駄にたくさんある魔力だって、魔法の才がゼロだもんなぁ。
これでも一応、王宮魔術師がわざわざ来て、魔術の家庭教師をしてくれたんだけどねぇ。
まぁその結果わかったのが、魔法の才能なしだったんだけどさ。
「迷宮に潜っている間は、ロクな食事も摂れません。悠長に食事の準備をしている余裕なんてないですし、なによりニオイでモンスターが集まってきますから」
「あぁ、なるほど。それだと魔導レンジは食事の準備時間という点では、一瞬で済みますもんね」
「そうです。こうして温かい食事ができるというのは、冒険をするにあたってとても重要だと思っているのです」
肉体的にも精神的にも、疲れを癒すのに簡単な方法が温かい食事だとフレドリクさんは言う。
その言葉には僕も大いに賛同するね。
仕事を終え、終電ギリギリでの帰宅が当たり前だった。
疲れていても、レンジでチンした温かいご飯を食べると、ほっとしたもんだ。
「明日にはロックレイに到着いたします」
「うん。もう少しだね」
ロックレイは山間の小さな領地で、鉱山と町がひとつあるだけ。
金銀に鉄鉱石宝石がざっくざく採掘できていたらしいけど、それも昔の話。
ここ十年は採掘量も激減して、税を払えば何も残らない、いやむしろ赤字な状態だ。
そんな領地を、父上は僕に任せた。
「発見された新しい鉱石って、なんだろうなぁ」
「需要が見込めそうなものだといいですね」
「うん」
先日、鉱山から見たこともない鉱石が出た――と父上の下に報告があった。
何の鉱石なのか、需要が見込めるものなのか。
それを調べるのに鑑定する必要がある。
そこで僕の出番だ。
秘めたるスキルの発現儀式――人は稀に、潜在的なスキルを持つ者がいる。
加護を持って生まれる人よりは確率が高いけど、その儀式で僕が習得したのは『魔導レンジ』と、そして『鑑定』だ。
父上の話だと、潜在的なスキルが複数ある場合、元となるスキルに関連したものだってことだ。
たぶん、食料に適しているかどうか、ちゃんと知る必要があるからだろうな。
たとえばさ、河豚とかって身は絶品だけど、肝はヤバいからね。
ただしくレンチンするために、必要なスキルなんだろう。
鑑定スキルはレアスキルに該当する。
だから使える人は少ない。
それ故か、偽の鑑定書を作るやつもいるぐらいだ。
新しく発見された鉱石を、他人に鑑定させるわけにはいかない。
それともうひとつ。
まだ十二歳の僕が領主として就かなきゃいけない理由がある。
はぁ……こっちの方が面倒くさそうなんだよなぁ。
「とうちゃーっく!」
実家を出て十日目の午後。予定通りロックレイの町へ到着した。
廃坑寸前の鉱山を抱える町なだけあって、活気が――ない。
まぁ山間の町だし、隣国に抜ける道なんてのもない。
なんせ町の奥は巨大な山脈だからね。
事前に父上から見せてもらったロックレイの資料だと、この数年で若者はみんな山を下りてしまったって書いてあったっけ。
人口はついに百人を切ったってことだけど、そうなると町の建物の半数以上が空き家かぁ。
到着したその足で領主代理の屋敷に向かったのだけれど。
「りょ、領主代理交代ですと!? そ、そそ、そんな話、ガルバンダス侯爵から聞いていないぞっ」
なんでガルバンダス侯爵から話を聞くんだよ。
ここはハーセラン侯爵領なのに。
ま、仕方ないか。
焦ってカミカミのこの人は、僕がここに到着した時点で「元」領主代理ゼサーク子爵だ。
義母の実家であるガルバンダス侯爵家の腰巾着家門の人だ。
二年前、ガルバンダス侯爵が執拗にロックレイの領主代理にゼサーク子爵を――と言ってきて、父上は何度も断ったんだけど、その度に母上の実家の事業を邪魔してきたから、最後は仕方なく承諾したんだよね。
まぁ廃坑予定だったし、問題はないだろうと思って。
けど、それまでなんとかギリギリ赤字を回避していたのに、子爵が着任してから大幅な赤字になってるんだよ。
父上の下に届く収支報告書も、どこか不自然なところがあったようだし。
だから僕が来た。
侯爵家の嫡男の僕がここへ来たなら、子爵は出て行くしかない。
まぁ難癖をつけて、すぐには出て行かないかもしれないけど。
「ち、着任書も届いていないのだ。だからわたしが領主代理であることに変わりはないっ」
ほら、こんなふうにごねてね。
だから見つけなきゃいけない。この男が帳簿を改ざんしているという証拠を。
それにしても、机の周りがぐちゃぐちゃだ。これじゃあ重要書類も埋もれていそうだ。
床にまで紙が散乱しているし。
「父上からの着任書が届くまで、僕らも待ってるよ。ところで、僕らはどこで寝泊まりすればいいんだろう?」
「そ、それなら……えぇと、おぉ、そうだ! 町で一番大きな屋敷をくれてやろう」
くれてやろうって、なんで上から目線なんだろう。
ま、こっちは十二歳の子供だしね。
しかし困ったなぁ。
証拠を探すために、この屋敷で寝泊まりしたかったんだけど。
とりあえず今日のところはゆっくり休んで、明日考えようっと。
――と思ったんだけど、これはゆっくり休んでもいられなさそうだ。
「侯爵様のご子息に、このようなボロ屋を案内するとは……」
「まぁまぁフレドリクさん。町で一番大きな建物ってのは嘘じゃないし」
でもこれ、屋敷じゃなくって宿屋……だよね。
今は使われていない、なんかちょっと出そうな大きな宿だ。
休むよりも前に、掃除しなきゃなぁ。
ん?
なんか騒がしい。さっきまで活気もなかったのに。
いや、これは活気じゃない。
「何かあったようですね」
「うん」
慌てて僕らの横を通り過ぎる人を、フレドリクさんが捕まえる。
「何があった?」
「崩落だっ。坑道が崩落したんだよっ」
ほ、崩落だって!?