『うら……しぃ……』
坑道を奥へ奥へと進んでいくと、やがてかすれるような声が聞こえてきた。
男の人の声だ。
「ぼ、坊や、怖かったらお姉さんが手を繋いでやるぞ」
「え、僕は大丈夫――」
すすすぅーっと僕の隣にやって来たルキアナさん。
笑顔だけど、ちょっと引き攣って見える。あと杖を握っている手がぷるぷるしてる。
怖いのはルキアナさんのようだ。
「えぇっと、やっぱり怖いので、手を握ってもらってもいいですか?」
「もちろんじゃ! 子供には優しくしてやらねばな」
ふふんふ~んと鼻歌を口ずさみながら、嬉しそうに僕の手を握る。
子供、かぁ。
僕が転生者で、前世では三十歳のおじさんだったって知ったらどう思われるんだろう。
あ、ハーフエルフなら、三十歳でも若いって思うのかな。
でも数字だけの話だしね。やっぱり大事なのは外見年齢だよ。
奥へと進む間も、男の人の声がずっと聞こえてくる。
『したい……研究を……』
死体の研究!?
「頭ぁ。死体を研究するゴーストって、ヤバかねぇか?」
「う、うむ。どうするよ坊ちゃん」
「うぅん。もう少し近づきましょう」
「ひぅっ」
ルキアナさんがビクっと震えるから、少し強めに手を握り返す。
「大丈夫ですよ、ルキアナさん」
にっこり笑って見せると、彼女もやや引き攣った笑みを返した。
先へ進む。
『解せぬ。何故だ……何故……』
何か困っているのだろうか?
『ああぁぁぁ、触れられぬ。これでは研究が……』
触れないから研究ができない?
『吾輩は何故死んだのだあぁぁぁぁぁぁぁぁ』
「いやあぁぁぁぁぁぁっ」
突然ルキアナさんが悲鳴を上げて、僕の頭を抱きかかえた。
むぷっ、く、苦しい……。
『む? 布を切り裂くような乙女の悲鳴』
「デュカルト様、来ますっ」
「嬢ちゃんが叫ぶから、バレちまったじゃねえか!」
『ふはーっははは、ここかぁぁっ』
壁をすり抜け現れたのは、青白く発光するまさに幽霊!
裾がギザギザになったローブ、杖、片眼鏡《オラクル》といった、魔術師スタイルの幽霊だ。
そういえば、魔法の研究を続けるために肉体を捨て、不死の王になった魔術師――って設定のアンデッドモンスターもいたっけか。
え、もしかしてソレだったりする?
いやいや、でもそれ、めちゃくちゃ強いモンスターだったはず。
『おぉ、おおぉぉぉぉ!?』
「デュカルト様、お下がりくださいっ」
「こいつぁヤベぇ。ヤベェってのがひしひしと感じるぜ」
戦闘の才能とかない僕にもわかる。
空気が物凄く震えてる。
「エ、エンチャントするわよっ」
ルキアナさんの言葉に、フレドリクさんが頷いて剣を差し出した。
『ぉ、さきほどの悲鳴はそなたか。ほぉほぉ、ハーフエルフとは珍しい。それにドワーフ、人間……面白い組み合わせだ』
ニタりと笑う幽霊。
どうしよう。不死の王だとしたら、いくらフレドリクさんでも勝てないんじゃ。
『ところでちと聞きたい』
「しゃらくせぇ、お前ら、やるぞ!」
「「おーっ!!」」
『今は魔導歴何年だ?』
ミスリル銀制の斧を振りかざし、ドワーフ族が突っ込んで行く。
魔導……歴?
「ちょーっと待ったあぁぁぁぁっ!」
僕は力の限り声を張り上げた。
この幽霊。もしかして魔導石のことを知っているかも!
暦のことを『魔導歴』と呼ぶのは、大昔に滅んだ魔法王朝時代のこと。
魔法王朝滅亡後の今は、太陽暦と呼んでいる。
この幽霊はたぶん――
「あなたは魔法王朝時代の魔術師ですか?」
僕が尋ねると、幽霊は顎をくいっと上げ、オラクルのフレームを掴む仕草で、『違う』と答えた。
え、違うの?
『吾輩は魔法王朝始まって以来の、最高にして最強の超絶美青年大賢者ヴァルゼルンド・エキュゾネータである!!!』
・ ・ ・ ・ ・ ・ 。
古代魔法王朝にも、厨二病ってあったんだ。
「な、なんでぇ、このゴーストは」
「自分で自分のことを、美青年なんざ言ってやがる」
「大賢者? あんな痛々しいのがか?」
ドワーフのみなさん、辛辣だなぁ。
痛々しいとは思うけど、ただよく見ると容姿に自信があるのは納得できてしまう。
乙女ゲームに出て来そうな、すっごいイケメン魔術師キャラだもの。
「だ、大賢者様っ」
『うむ、なんだ?』
「魔法王朝の方で間違いないんですよね?」
『うむ!』
やっぱり!
「あの、今は太陽暦といいまして――魔導歴はその……えっと」
魔法王朝は滅んで、暦が新しくなった――亡くなった方にそう伝えるのは、忍びない気がする。
だってこの人は、魔法王朝が滅んだことを知らないようだし。
それに、ショックのあまり怨霊になられても困る。
どう答えようか悩んでいると、自称大賢者の方からこちらにやって来た。
フレドリクさんが身構えるけど、大賢者は腰を屈めてにこりと笑う。
『少年。言葉を選んでくれているようだな。感謝しよう。とうの昔に魔法王朝は滅んだのであろう?』
「あ……は、い。僕の知る限りだと、確か魔導歴一二一八年に……」
『そうか。吾輩が死んで、意外とすぐだったのだな』
ってことは、この人は魔法王朝末期に生きていたのか。
「ね、ねぇ。あのゴーストの言う事、信じるの?」
「え? 嘘をついているようには見えませんし、嘘をつく理由もなさそうですが」
「そ、そう……じゃが……」
「ところで大賢者様、えぇっとヴァル……ヴァルゼ、ル?」
『ヴァルゼでよい。生前もよく、お前の名は言いにくいと周りからは言われておった』
「はいっ、ではヴァルゼさん。あなたはどうしてゴーストになったのですか? 何か未練がおありなのでしょうか?」
そう尋ねた瞬間、彼のオラクルが光ったように見えた。
『く、くくくく。くはははははははっ。よくぞ聞いてくれた少年よ! 吾輩は研究がしたいのだっ。魔導具の研究をな!!!!』
どうやら僕たちは、大当たりを引いたようだ。
坑道を奥へ奥へと進んでいくと、やがてかすれるような声が聞こえてきた。
男の人の声だ。
「ぼ、坊や、怖かったらお姉さんが手を繋いでやるぞ」
「え、僕は大丈夫――」
すすすぅーっと僕の隣にやって来たルキアナさん。
笑顔だけど、ちょっと引き攣って見える。あと杖を握っている手がぷるぷるしてる。
怖いのはルキアナさんのようだ。
「えぇっと、やっぱり怖いので、手を握ってもらってもいいですか?」
「もちろんじゃ! 子供には優しくしてやらねばな」
ふふんふ~んと鼻歌を口ずさみながら、嬉しそうに僕の手を握る。
子供、かぁ。
僕が転生者で、前世では三十歳のおじさんだったって知ったらどう思われるんだろう。
あ、ハーフエルフなら、三十歳でも若いって思うのかな。
でも数字だけの話だしね。やっぱり大事なのは外見年齢だよ。
奥へと進む間も、男の人の声がずっと聞こえてくる。
『したい……研究を……』
死体の研究!?
「頭ぁ。死体を研究するゴーストって、ヤバかねぇか?」
「う、うむ。どうするよ坊ちゃん」
「うぅん。もう少し近づきましょう」
「ひぅっ」
ルキアナさんがビクっと震えるから、少し強めに手を握り返す。
「大丈夫ですよ、ルキアナさん」
にっこり笑って見せると、彼女もやや引き攣った笑みを返した。
先へ進む。
『解せぬ。何故だ……何故……』
何か困っているのだろうか?
『ああぁぁぁ、触れられぬ。これでは研究が……』
触れないから研究ができない?
『吾輩は何故死んだのだあぁぁぁぁぁぁぁぁ』
「いやあぁぁぁぁぁぁっ」
突然ルキアナさんが悲鳴を上げて、僕の頭を抱きかかえた。
むぷっ、く、苦しい……。
『む? 布を切り裂くような乙女の悲鳴』
「デュカルト様、来ますっ」
「嬢ちゃんが叫ぶから、バレちまったじゃねえか!」
『ふはーっははは、ここかぁぁっ』
壁をすり抜け現れたのは、青白く発光するまさに幽霊!
裾がギザギザになったローブ、杖、片眼鏡《オラクル》といった、魔術師スタイルの幽霊だ。
そういえば、魔法の研究を続けるために肉体を捨て、不死の王になった魔術師――って設定のアンデッドモンスターもいたっけか。
え、もしかしてソレだったりする?
いやいや、でもそれ、めちゃくちゃ強いモンスターだったはず。
『おぉ、おおぉぉぉぉ!?』
「デュカルト様、お下がりくださいっ」
「こいつぁヤベぇ。ヤベェってのがひしひしと感じるぜ」
戦闘の才能とかない僕にもわかる。
空気が物凄く震えてる。
「エ、エンチャントするわよっ」
ルキアナさんの言葉に、フレドリクさんが頷いて剣を差し出した。
『ぉ、さきほどの悲鳴はそなたか。ほぉほぉ、ハーフエルフとは珍しい。それにドワーフ、人間……面白い組み合わせだ』
ニタりと笑う幽霊。
どうしよう。不死の王だとしたら、いくらフレドリクさんでも勝てないんじゃ。
『ところでちと聞きたい』
「しゃらくせぇ、お前ら、やるぞ!」
「「おーっ!!」」
『今は魔導歴何年だ?』
ミスリル銀制の斧を振りかざし、ドワーフ族が突っ込んで行く。
魔導……歴?
「ちょーっと待ったあぁぁぁぁっ!」
僕は力の限り声を張り上げた。
この幽霊。もしかして魔導石のことを知っているかも!
暦のことを『魔導歴』と呼ぶのは、大昔に滅んだ魔法王朝時代のこと。
魔法王朝滅亡後の今は、太陽暦と呼んでいる。
この幽霊はたぶん――
「あなたは魔法王朝時代の魔術師ですか?」
僕が尋ねると、幽霊は顎をくいっと上げ、オラクルのフレームを掴む仕草で、『違う』と答えた。
え、違うの?
『吾輩は魔法王朝始まって以来の、最高にして最強の超絶美青年大賢者ヴァルゼルンド・エキュゾネータである!!!』
・ ・ ・ ・ ・ ・ 。
古代魔法王朝にも、厨二病ってあったんだ。
「な、なんでぇ、このゴーストは」
「自分で自分のことを、美青年なんざ言ってやがる」
「大賢者? あんな痛々しいのがか?」
ドワーフのみなさん、辛辣だなぁ。
痛々しいとは思うけど、ただよく見ると容姿に自信があるのは納得できてしまう。
乙女ゲームに出て来そうな、すっごいイケメン魔術師キャラだもの。
「だ、大賢者様っ」
『うむ、なんだ?』
「魔法王朝の方で間違いないんですよね?」
『うむ!』
やっぱり!
「あの、今は太陽暦といいまして――魔導歴はその……えっと」
魔法王朝は滅んで、暦が新しくなった――亡くなった方にそう伝えるのは、忍びない気がする。
だってこの人は、魔法王朝が滅んだことを知らないようだし。
それに、ショックのあまり怨霊になられても困る。
どう答えようか悩んでいると、自称大賢者の方からこちらにやって来た。
フレドリクさんが身構えるけど、大賢者は腰を屈めてにこりと笑う。
『少年。言葉を選んでくれているようだな。感謝しよう。とうの昔に魔法王朝は滅んだのであろう?』
「あ……は、い。僕の知る限りだと、確か魔導歴一二一八年に……」
『そうか。吾輩が死んで、意外とすぐだったのだな』
ってことは、この人は魔法王朝末期に生きていたのか。
「ね、ねぇ。あのゴーストの言う事、信じるの?」
「え? 嘘をついているようには見えませんし、嘘をつく理由もなさそうですが」
「そ、そう……じゃが……」
「ところで大賢者様、えぇっとヴァル……ヴァルゼ、ル?」
『ヴァルゼでよい。生前もよく、お前の名は言いにくいと周りからは言われておった』
「はいっ、ではヴァルゼさん。あなたはどうしてゴーストになったのですか? 何か未練がおありなのでしょうか?」
そう尋ねた瞬間、彼のオラクルが光ったように見えた。
『く、くくくく。くはははははははっ。よくぞ聞いてくれた少年よ! 吾輩は研究がしたいのだっ。魔導具の研究をな!!!!』
どうやら僕たちは、大当たりを引いたようだ。