「それでは父上、行ってまいります」
僕は今日、十二年と少しを過ごしたこの屋敷を出て行く。
「あぁ。気を付けるのだぞデュー。フレドリク、息子のこと、よろしく頼むぞ」
「はっ。我がステイン家が侯爵様から受けた恩をお返しするために、命に代えましてもご子息をお守りいたします」
「おいおい。死なれては困る。お前がいなくなれば、いったい誰が息子を守ってくれるというんだね」
「そうですっ。これから見知らぬ土地へ行くっていうのに、僕をひとりぼっちにしないでください」
「は、はいっ。生きてご子息をお守りいたしますっ」
命だ死ぬだのと言ってはいるけれど、ここから馬で十日の距離にある町へ行くだけだ。
まぁ道中、魔物《モンスター》が出ないとも限らないけれど。
だからこそ、騎士の家系であるステイン男爵家から僕の護衛兼、世話役として彼が来てくれた。
「向こうに着いたら手紙を送るのだぞ」
「はい」
「しっかりご飯を食べるのだぞ」
「はい……」
「山間の町だ、冷えるかもしれん。寝る時にはちゃんと寝着をズボンに入れるのだぞ」
「は、はい……」
「それから――」
「あぁー、僕行きますね。フレドリクさん、出発しましょうっ」
このままだとなかなか出発できないと悟った僕は、父上の言葉を遮って馬に跨った。
すぐさま馬のお腹を軽く蹴って出発する。
振り返ると心配そうな父上の顔が見えた。
「行ってきますっ」
そう言って手を振ると、父上はキリっと顔を引き締めながらも軽く手を振り返してくれた。
厳格なところもあるけれど、とても優しい父上だ。
離れて過ごすのは寂しいけれど、父上が僕を頼ってくれてのこと。
これから向かう町は、そう遠くない未来にはなくなってしまう。いわゆる限界集落だ。
だけど、父上が僕に頼んだことで変わるかもしれない。
その時には僕が頑張らなきゃ。
「ぷぷぷっ。無能なお前にはお似合いだな。廃坑目前の鉱山町の、最後の領主。ほんっとお似合いだ。お似合いすぎて、二度と山から下りて来なければいい」
「カイエン」
門扉の前で仁王立ちしていたのは、僕の腹違いの弟カイエンだった。
「生まれながらに『無限魔力』なんていう強大な加護を授かりながら、魔法の才はなし。秘めたるスキルの発現儀式でも、習得したのは……ぷっぷ。ぷはっ。ぷははははは。な、なんと、お料理スキルでしたからね。あっはっはっは。まったく、お前の無能っぷりもここまでくると、感嘆しますね」
カイエン、僕の自己紹介をしてくれてありがとう。
「せいぜい侯爵家の名に泥を塗らないようにしてくださいよ。でないとボクが困るんですから。あぁそれから、侯爵家はボクが継ぎますので。ボクが爵位を継いだあとは、ちゃーんとお前を家督から追放して――っておいっ、ボクがまだ話をしているだろう! おい、おいーっ」
はぁ……齢十歳にしてあの毒舌っぷり。
招来はきっと、有望な悪役貴族にはなれるだろう。
でも父上を困らせるようなことだけは、やめてほしいなってお兄ちゃん思うんだ。
「あの、デュカルト様」
「あ、えっと、様は必要ないですよ。フレドリクさんの方がずっと年上なんですから」
「いえ、そういうわけにはまいりません」
「そ、そうですか。それでえっと、どうしましたか?」
フレドリクさんは一度後ろを振り向き、それから僕にこう尋ねた。
「カイエン様は侯爵家を継ぐのは自分だと仰っていましたが、爵位を継ぐのはデュカルト様なのでは?」
「うぅーん……それは義母が許さないだろうね。確かに長子が爵位を継ぐのが当たり前ですが、亡くなった僕の母上は男爵家出身で、義母は侯爵家出身です。母親の血統で優劣が決まることもありますし、何より存命している夫人の子が優先されることもおかしくはありませんから」
「夫人のご実家……ガルバンダス侯爵家ですか。王弟派の貴族ですね」
そう。しかもその王弟の妻は、義母の姉っていうね。
だからハーセラン侯爵家は、弟のカイエンが継ぐことになるだろう。
僕は父上のお役に立てればそれでいい。
屋敷を出発して数時間。さっそくお腹が空いてきた。
「フレドリクさん。そろそろ昼食にしませんか? 僕お腹ぺこぺこです」
「そうですね。ではあの木の根元で食事にいたしましょう。しかし町に寄らなくても、本当によろしいのですか?」
「うん、大丈夫。食事は僕が作りますから」
馬の手綱を枝に括りつけ、さっそく食事の準備に取り掛かる。
小麦粉、少しのイースト菌、水と塩。それから燻製にした鶏肉と胡椒、ゴボウ、ニンジン、胡麻、酢、砂糖、秘伝のしょうゆとマヨネーズ!
素材《・・》を全部お皿に入れて――
「"魔導レンジ"」
ぽんっと現れたのは、半透明な四角い箱。ボタンやつまみがいくつか付いている。
僕が儀式によって習得したスキルがこれ。
魔導レンジ!
素材をレンジに入れてイメージ通りにチンすることで、なんでも簡単調理♪
とスキル概要にあった通り、これは電子レンジだ。
いやぁ、まさか異世界に転生してきて習得したスキルが、前世でもお世話になっていた電子レンジだったとはねぇ。
そう。僕は前世の記憶を持った転生者だ。
前世の僕はブラック企業に就職し、三十歳で過労死している。
腹違いのカイエンや義母は無能スキルだっていうけどさ、僕はそうは思わない。
前世の僕は料理ができなかったし、作る時間もなかった。
そんな僕が電子レンジにどれだけ助けられたことか。
地球に電子レンジが発明されていなかったら、三十どころか二十五歳まで生きられたかどうか。
レンジに感謝しつつ、スタートボタンをピッ。
すぐに「チーンッ」と音がして、扉が開く。
「燻製チキンとゴボウサラダサンドの完成です!」
僕は今日、十二年と少しを過ごしたこの屋敷を出て行く。
「あぁ。気を付けるのだぞデュー。フレドリク、息子のこと、よろしく頼むぞ」
「はっ。我がステイン家が侯爵様から受けた恩をお返しするために、命に代えましてもご子息をお守りいたします」
「おいおい。死なれては困る。お前がいなくなれば、いったい誰が息子を守ってくれるというんだね」
「そうですっ。これから見知らぬ土地へ行くっていうのに、僕をひとりぼっちにしないでください」
「は、はいっ。生きてご子息をお守りいたしますっ」
命だ死ぬだのと言ってはいるけれど、ここから馬で十日の距離にある町へ行くだけだ。
まぁ道中、魔物《モンスター》が出ないとも限らないけれど。
だからこそ、騎士の家系であるステイン男爵家から僕の護衛兼、世話役として彼が来てくれた。
「向こうに着いたら手紙を送るのだぞ」
「はい」
「しっかりご飯を食べるのだぞ」
「はい……」
「山間の町だ、冷えるかもしれん。寝る時にはちゃんと寝着をズボンに入れるのだぞ」
「は、はい……」
「それから――」
「あぁー、僕行きますね。フレドリクさん、出発しましょうっ」
このままだとなかなか出発できないと悟った僕は、父上の言葉を遮って馬に跨った。
すぐさま馬のお腹を軽く蹴って出発する。
振り返ると心配そうな父上の顔が見えた。
「行ってきますっ」
そう言って手を振ると、父上はキリっと顔を引き締めながらも軽く手を振り返してくれた。
厳格なところもあるけれど、とても優しい父上だ。
離れて過ごすのは寂しいけれど、父上が僕を頼ってくれてのこと。
これから向かう町は、そう遠くない未来にはなくなってしまう。いわゆる限界集落だ。
だけど、父上が僕に頼んだことで変わるかもしれない。
その時には僕が頑張らなきゃ。
「ぷぷぷっ。無能なお前にはお似合いだな。廃坑目前の鉱山町の、最後の領主。ほんっとお似合いだ。お似合いすぎて、二度と山から下りて来なければいい」
「カイエン」
門扉の前で仁王立ちしていたのは、僕の腹違いの弟カイエンだった。
「生まれながらに『無限魔力』なんていう強大な加護を授かりながら、魔法の才はなし。秘めたるスキルの発現儀式でも、習得したのは……ぷっぷ。ぷはっ。ぷははははは。な、なんと、お料理スキルでしたからね。あっはっはっは。まったく、お前の無能っぷりもここまでくると、感嘆しますね」
カイエン、僕の自己紹介をしてくれてありがとう。
「せいぜい侯爵家の名に泥を塗らないようにしてくださいよ。でないとボクが困るんですから。あぁそれから、侯爵家はボクが継ぎますので。ボクが爵位を継いだあとは、ちゃーんとお前を家督から追放して――っておいっ、ボクがまだ話をしているだろう! おい、おいーっ」
はぁ……齢十歳にしてあの毒舌っぷり。
招来はきっと、有望な悪役貴族にはなれるだろう。
でも父上を困らせるようなことだけは、やめてほしいなってお兄ちゃん思うんだ。
「あの、デュカルト様」
「あ、えっと、様は必要ないですよ。フレドリクさんの方がずっと年上なんですから」
「いえ、そういうわけにはまいりません」
「そ、そうですか。それでえっと、どうしましたか?」
フレドリクさんは一度後ろを振り向き、それから僕にこう尋ねた。
「カイエン様は侯爵家を継ぐのは自分だと仰っていましたが、爵位を継ぐのはデュカルト様なのでは?」
「うぅーん……それは義母が許さないだろうね。確かに長子が爵位を継ぐのが当たり前ですが、亡くなった僕の母上は男爵家出身で、義母は侯爵家出身です。母親の血統で優劣が決まることもありますし、何より存命している夫人の子が優先されることもおかしくはありませんから」
「夫人のご実家……ガルバンダス侯爵家ですか。王弟派の貴族ですね」
そう。しかもその王弟の妻は、義母の姉っていうね。
だからハーセラン侯爵家は、弟のカイエンが継ぐことになるだろう。
僕は父上のお役に立てればそれでいい。
屋敷を出発して数時間。さっそくお腹が空いてきた。
「フレドリクさん。そろそろ昼食にしませんか? 僕お腹ぺこぺこです」
「そうですね。ではあの木の根元で食事にいたしましょう。しかし町に寄らなくても、本当によろしいのですか?」
「うん、大丈夫。食事は僕が作りますから」
馬の手綱を枝に括りつけ、さっそく食事の準備に取り掛かる。
小麦粉、少しのイースト菌、水と塩。それから燻製にした鶏肉と胡椒、ゴボウ、ニンジン、胡麻、酢、砂糖、秘伝のしょうゆとマヨネーズ!
素材《・・》を全部お皿に入れて――
「"魔導レンジ"」
ぽんっと現れたのは、半透明な四角い箱。ボタンやつまみがいくつか付いている。
僕が儀式によって習得したスキルがこれ。
魔導レンジ!
素材をレンジに入れてイメージ通りにチンすることで、なんでも簡単調理♪
とスキル概要にあった通り、これは電子レンジだ。
いやぁ、まさか異世界に転生してきて習得したスキルが、前世でもお世話になっていた電子レンジだったとはねぇ。
そう。僕は前世の記憶を持った転生者だ。
前世の僕はブラック企業に就職し、三十歳で過労死している。
腹違いのカイエンや義母は無能スキルだっていうけどさ、僕はそうは思わない。
前世の僕は料理ができなかったし、作る時間もなかった。
そんな僕が電子レンジにどれだけ助けられたことか。
地球に電子レンジが発明されていなかったら、三十どころか二十五歳まで生きられたかどうか。
レンジに感謝しつつ、スタートボタンをピッ。
すぐに「チーンッ」と音がして、扉が開く。
「燻製チキンとゴボウサラダサンドの完成です!」