私たちが暮らすこの土地は、古来より渇水による被害に悩まされてきました。
 南を四国山地、北を中国山地に挟まれた瀬戸内海式気候に属しており、外洋からの湿った季節風がそれぞれの山脈によって妨げられるため、内側に抜けてくる乾いた風の影響を多分に受けることになるのです。そのため全国平均と比較しても降雨量は圧倒的に少なく、雨が降っても河川の水がすぐに海へと流出してしまう地形的特徴であるため、水不足問題は毎年のように浮上していました。風景のいたるところに溜め池が点在しているのは、貴重な水資源を確保するために知恵を振り絞ってきた偉大な先人方の努力の功績と言えるでしょう。
 ただ例年と比べても、今年の渇水はあまりに深刻だったのです。
 少雨の梅雨が明けて以降、空には連日清々しいほどの青が広がっていました。つまり自然界からの水の供給が途絶えていたのです。それでも当然ながら、人々は生活を営むために水を消費します。するとどうなるか、その行く末は明白です。現在、地域一帯の生活用水の水源であるダム湖の貯水量は底を尽きかけているのでした。
 このまま晴天が続けば、最悪の場合、断水という事態も免れ得ないでしょう。そうなれば日常生活への悪影響は言わずもがな、糸川さんのような飲食店や農家の方々への大きな経済的損失も予想されます。そうならないために、行政をはじめとした様々な立場の人たちが尽力してくださっています。それでもやはり抜本的なことを申しますと、誰もが雨を望んでいるのです。
 実は先月も、雨乞い祭りが行われました。そちらは毎年恒例となっている由緒ある神事なのですが、残念ながら成果は現状の通り。雨雲の呼び水とはなりませんでした。そこで新たに企画されたのが、目下私が向かっている「緊急雨乞い祭り」というわけなのです。
 伝統性よりも、地域住民たちが団結して危機を乗り越えるための決起集会的な意味合いを孕んだ催しであり、安田原さんが参加を表明したことでより注目を集める一大行事へと昇華されたのです。多忙な安田原さんのスケジュールの関係で夜間開催となったそうですが、売れっ子アーティストの求心力と天に祈りを捧げる人々の切実さは、繁華街の有り様が雄弁に物語っていました。
 一番の見どころは何といっても「男衆祈雨踊り」でしょう。降雨を祈って水神様に奉納する踊りのことなのでしょうが、その詳細は未だ明かされていません。歌い手の安田原さんを筆頭に、地域内で募った有志の男性たちを踊り手として実演されるそうなのですが、それ以外の情報は依然として秘匿とされているのです。
 真城さんから借りた原付バイクを走らせながら、私は踊りについてあれこれと想像を膨らませていました。会場が近づくにつれてわくわくと気持ちが高まっていきます。せっかく間に合うように計らっていただいたのだから、しかとこの目に焼きつけてお土産話を持って帰らなければ。
 真城さんがパンプキンバイクと呼称していた所以である橙色の車体が、静寂の夜道を颯爽と突き進んでいきます。