「死にますって」

「いや、死なないから」

「死にます」

「死なない」

「死ぬ」

「死なない」

「死ぬ」

「死なない」

「死なない」

「死ぬ」

「ほら、死ぬじゃないですか!」

 彼は無邪気に、腹を抱えて笑った。金曜日はだめだ。溜まりに溜まった疲れや緊張がすっかり解放されて、すべての神経をぐだぐだにする。彼の笑い声も店の蛍光灯も、いまが深夜だということを忘れてしまうくらいまぶしくて、なんだかもういいやと思えてしまう。

「というわけで、おれはカレーパンを、おねーさんはワインを戻してください」

 そう言って彼はカレーパンを取りだそうとした。ぐだぐだにゆるみきった私のくちが、私を置いてきぼりにして動く。

「待って! 戻すならカレーパンじゃなくておにぎりにして!」

 その切実な訴えに辺りはしんと静まり返り、彼は時間が止まったように停止した。たちまち恥ずかしくなった私は

「カレー、けっこう好きだから……」

 頬がふつふつと熱くなり、消えたくなった。どうしてこんな子どもっぽい言い訳をしているのだろう。彼はほどけたように「りょーかい」と笑みを浮かべた。

「おれもカレー、けっこう好きです。ノッチの身体んなかはカレーが流れてるって、よく言われます」

「ノッチ?」

「名字、三埜(みの)だから」

「ふうん……」

 そうやって読むのか。彼のネームプレートをちらっと見て、胸のうちで「みの」とつぶやく。そのやわらかな響きは、彼によく合っているような気がした。

「で、おねーさんは?」

 その夜。私は彼の名前を知って、彼は私の名前を知った。私たちはただの客と店員という関係から、外れはじめた。