社内の人間とつき合っているなんて知られたら、みんなの暇つぶしのいいネタとなり、ベッドでの営みやらなにやらを想像されるに決まってる。

 入社以来、私の世話をしてくれる岩田さんに「彼氏とかいないの?」と訊かれたときには、「いまは仕事が恋人です」と笑って返した。

 心のなかでは、彼が恋人だと言ったらどんな顔するだろう? と想像して、ぞっとした。後から知ったことだけど、岩田さんは彼に片思いしていた。岩田さんと親しい西野さんが、こっそり教えてくれた。


 ――だから岩田さん、彼氏いないんだよ。合コン行けばモテるし、社内でも人気だけど。あの人を基準にして男を見たら、ほかの男なんてみんな微妙に決まってるよね。


 胸に抱く、わずかな罪悪感。そして、おそろしいほどの優越感。

 私はすごい人とつき合ってるんだ。そんな人に、彼女として認めてもらえてるんだ――頭のいい人間とつき合っている自分まで頭のいい人間になったように錯覚して、浮かれていた。若かった。愚かだった。

 私のアパートには日に日に彼の私物が増え、彼の香りが染みついた。日常のなかでふとしたときに彼を感じては、胸が甘く締めつけられた。

 そしてそれから一年ほど経ったころ、私は私の愚かさを思い知った。

 岩田さんが、彼を刺したのだ。