眠気をこらえてタクシーに揺られながら、そっと上着を握り締める。
 橋を渡ってからのことは、いまいち覚えていない。ゴールして、記念品を受け取って、気が付いたら城所さんが呼んだタクシーに肩を借りながら乗り込んでいた。
 別れる寸前、上着を借りっぱなしだったことを思い出した。

『来年、返してくれればいいですから』

 上着を脱ごうとした私を城所さんはそう言って押しとどめた。気が付けば連絡先も交換することなく別れてしまったから、返すためには来年もこのイベントに参加するしかない。
 全身ボロボロでしばらくはまともに歩けそうにない。こんなイカれたイベントに来年も参加しようと思えるだろうか。

「……魔法の靴の代わりにしては、色気がないんだよなあ」

 運転手さんに聞こえないように小さく呟いて、上着ごと自分の体を抱きしめてみる。
 この特別な感情が一夜だけのものなのか、消えることなく私の中に残り続けるのかはよくわからない。
 だけど。もしまたあの朝日を、一緒に見たいという気持ちが残っていたら。本当の自分を見せられる特別な人になってほしいといえるだろうか。
 今はまだ、よくわからない。

 窓に頭を当てて空を見上げると、西の空に月が沈むところだった。名残惜しむような月の先には雲一つない秋晴れの空がどこまでも蒼く続いている。