「六川さん、お疲れ様です」

 施術を終えて休憩用のテントに向かうと、先に施術を終えた城所さんが待っていた。真面目な顔をしてるけど、その口の端がプルプル震えている。

「そんなに笑わなくたっていいじゃないですか」
「いやあ、すみません。だって、あまりにも……」

 私の指摘に城所さんは開き直ったようにくつくつと笑い始めた。針を打たれている間、私は不思議な悲鳴を上げ続けるという羞恥プレイを味わった。

「効き目はどうでした?」
「……悔しいくらいに効いてます」

 これで効き目がなければ城所さんに文句を言ってやろうと思ってたけど、針の効果は絶大だった。針を打たれた部分がじんわりと暖かくなった感じがしたと思ったら、嘘みたいに足が軽くなっている。城所さんが得意げな笑みを浮かべていた理由が分かった。
 くつくつと笑い続ける城所さんを怒ろうと思っていたのに、その前につられて笑ってしまう。でも、こうしてばかりもいられない。ここで城所さんとはお別れだし、上着も返さなければ。まだ上着を着ているのに、急に寒気が走った気がした。

「よかった。それなら、二十分くらい休憩したら出発しましょうか」
「……え」

 何でもないように城所さんは腕時計を見てから私に向けて首を傾げた。

「ゴールまで一緒に来てくれるんですか?」
「あれ、僕はそのつもりでしたけど……やっぱり、迷惑ですかね?」
「いえ、お願いします!」

 八の字に眉を下げる城所さんにとっさに迫ってしまって、慌てて一歩引きさがる。あたふたする私を見て、城所さんはまた吹き出した。

「ここが最後のチェックポイントなので、補給とストレッチをしっかりやっていきましょう」

 穏やかに声をかけられて冷静になったけど、今度は急に恥ずかしくなってきて、城所さんに背を向けるようにして座り、ストレッチを始める。顔が熱い。城所さんの提案に乗る形ではあったけど、一緒に来てほしいと言ってしまった。一時間ほど前に出会ったばかりの人に。
 城所さんに背を向けたまま雑談をして、ストレッチをしたりもらった給食を食べたりする。穏やかな時間が流れる中で、心臓が一人だけ騒がしかった。そんな心臓が落ち着いたのは予定の二十分がたった頃だった。背中の向こうで城所さんが準備をする気配がする。

「あっ」

 靴下を履きなおそうとしたとき、左足の裏と足首の辺りの皮が赤くなっているのに気付いた。右足が痛かったから気づかなかったけど、左足も靴擦れやマメができていた。ゴールまで持ちこたえてくれるか、少し怪しい。

「どうかしました?」
「いえ、何でもないです」

 心配そうに声をかけられて、靴下を履いて急いで立ち上がる。今は怪我の予感より、それを城所さんに見られてリタイアした方がいいと言われたくなかったし心配もかけたくない。ランニングシューズを履いて軽く感触を確かめる。うん、右足は歩き出す前みたいに軽いし、左足も歩けないほどではない。

「ここからはいよいよ都心部を抜けていくことになります。風景が一気に変わりますよ」
「へえ、ワクワクしますね」

 左足の怪我に城所さんが気づいた様子はない。きっと私は上手く笑えていたと思う。