二人でなら何事も叶えられると思っていた。いつまでも一緒にいられる。ずっとお互いを好きなままでいられる。愛よりも尊い感情など、この世界にはひとつもない。
 愚直にまでそう信じてやまなかった郁雄たちの仲を終わりへと導いたのは、針の一穴のように小さな空隙が郁雄の胸中に生まれ、少しずつ何もない空白の場所を広げていったことに他ならない。

 他に好きな女ができたわけじゃない。どうしても恋愛を続けられない事情ができたわけでもない。それでも郁雄の胸に去来するのは、どこから吹き込んでいるのか見当すらつかない、冷たいすきま風ばかりだった。
 自分がこれから先も、愛する人のことを幸せにすることができるのかどうか。
 そもそも、愛とは何なのか。
 ちゃんとした愛し方を、自分は果たしてできているのか。
 そんな漠然とした不安が(もや)のように広がって、それまで目の前に広がっていたどこまでも続くまっすぐな道が、急に見えなくなった。
 好きな人のためならなんでも叶えられるし、叶えたいと思っていたのに、いざ改めて自分の両手を眺めていると、自分にはあまりにも不足な点が多すぎると思うようになった。満ち足りた部分より欠けた部分の方がはっきりとわかるようにできているのが、人間という生き物なのかもしれない。それが真実だとすれば、自分のような何もない人間が、他人のことを一分一秒たりとも独占してはならないとさえ感じる。
 その相手が、自分にとっての想い人だというのなら、尚更だった。

 (もしも他の女だったなら、いくらでも続けられたのかもしれない)とも思った。

 けれど、相手は、瑞穂だから。
 誰よりも傷つけたくない大切な存在だから。
 だからこそ、中途半端な気持ちで付き合うわけにはいかなかった。

 いずれきっと、こんな宙ぶらりんな気持ちは瑞穂にも見透かされるだろう。そうすれば、きっと瑞穂の心は自分から遠ざかってゆく。
 波が引くように。静かに。それでいて、目にもとまらぬほど、あっという間に。

 それなら、お互いに大好きでいるままで別れたい。
 こんなにも大好きな存在のことを、嫌いになってからさよならするようなことだけはしたくない。
 たとえ己のエゴでしかないと批判を浴びたとしても、やはりこのままの気持ちでは不誠実すぎて、耐えられない。
 郁雄にとっては、どちらを選んでも茨の道だった。