「ま、それはそれとして。距離置いてる間に、カスミは自分の気持ちもちょっと整理した方がいいかもね」
「うん?」
「娘だって言われたの、なんで嫌だったの?」
問われて、奏澄はあの時の気持ちを思い返した。服装のことを言われた時は一度堪えたのに、何故娘扱いは耐え切れなかったのか。
「子ども扱いされたのが、ショックだったから、かな」
一度は歳相応に評価してもらえたと思ったのに、そこからの落差があったことも要因だろう。
「でも、前にメイズは家族みたいなものって言ってたじゃないか。父親は嫌なの?」
「あれは……」
奏澄は口ごもった。あくまで、あえて言うなら家族が近い、というニュアンスだった。あの時は、それ以外に言い方が見つからなかったからだ。
「父娘だと、保護者と被保護者になっちゃうでしょ。もうちょっと、対等な関係でいたいというか」
「メイズはカスミの護衛なんでしょ。守ってもらうだけじゃ嫌?」
言われて、奏澄は考え込んだ。護衛なのだから、役割としては、守る者と守られる者になる。そういう意味では、保護者と被保護者というのもあながち間違いではない。
武力でも、生活面でも、奏澄はメイズに敵わない。それでも、船長として、できることを頑張ってきたつもりだ。乗組員を守ることは、船長の務めだと思っている。そこには、メイズも含まれる。
「私は、船長だから。メイズのことも、守ってあげたいと、思ってる」
「あんなに強いのに?」
「それは、戦闘面じゃ私の出る幕なんてないよ。でも、そういうことじゃなくて。嫌なこととか、悲しいこととか、そういうのからは……なるべく、遠ざけてあげたい」
「それは、他の乗組員も同じ?」
「もちろん。みんな、笑ってて欲しいし、幸せになってほしい」
自分に関わることになったせいで、不幸になどなってほしくない。大変な思いをさせているからこそ、幸せになってほしいと思っている。
「じゃぁ、カスミの知らないところで、誰かのおかげでメイズが幸せになったとして、カスミは嬉しい?」
「メイズが幸せなら、嬉しいよ」
即答したが、僅かに喉が引き攣った。
奏澄はメイズの幸せを望んでいる。メイズが幸せになるというのなら、場所も過程もましてや相手など、関係無い。だというのに、小骨が刺さったようなこの違和感は、なんなのか。
メイズとは、決して離れないと約束した。奏澄の一番近くに居続ける限り、メイズが他の誰かと特別親密になることは難しいだろう。だからだろうか。別の誰かがメイズを幸せにできるのなら、奏澄は必要ない。奏澄はメイズがいないと生きられないが、メイズは奏澄がいなくても生きられる。それが、怖いのだろうか。
眉を顰めて首を捻る奏澄に、マリーは苦笑した。
「フィルターが強いねぇ」
「え?」
「いや。ま、時間はありそうだし、よーく考えるといいよ。この旅の終着点を考えれば、自分の気持ちがうやむやなままだと、後悔するかもしれないからね」
どういう意味か、と聞こうとして、船に大きな音が響き渡った。それに、背筋がひやっとする。これは、警戒態勢の合図だ。直後、船が揺れた。慌ただしい空気が伝わる。
マリーがドアを開け放ち、廊下に向かって叫んだ。
「何事だい!」
「マリー、敵襲だ! お前は船長と船室に隠れててくれ!」
「わかった!」
居合わせたラコットの舎弟と言葉を交わし、マリーは部屋に戻った。
敵襲。その言葉に、奏澄は青ざめた。未だに、慣れない。鼓動が速くなり、手が震える。
「カスミ、カスミ」
落ちつかせるように、マリーがカスミの背を軽く叩いた。
「大丈夫だよ。戦闘員も増えたんだし、腕の見せどころじゃないか」
「うん……。そう、だよね。みんな強いし、大丈夫」
「そうそう。ほら、一応手当ての準備でもしとこうか」
「うん。ありがとう、マリー」
マリーとて、全く不安が無いわけではないはずだ。マリーの部下も戦闘訓練に参加していたということは、おそらく実地訓練で今回の戦闘にも出ているだろう。怪我をするかもしれない。
それでも、カスミがいるから。マリーはカスミを任されたから、この場を離れて部下の様子を見に行くことも、不安な顔を見せることもしないのだ。
だったら奏澄にできることは。例え強がりでも、気丈に振る舞い、マリーを不安にさせないこと。そして、戦闘から戻った乗組員を労わることだ。
万が一怪我を負った乗組員がいた時のために、奏澄とマリーは医療用具の準備をした。
敵襲の知らせから暫くして、戦闘終了の合図が響いた。ほっとして、奏澄はマリーと上甲板に出る。
戦闘の跡が見える様子に、奏澄は一瞬くらりとしたが、何とか踏みとどまる。
ざっと見渡したところ、大怪我をしている乗組員はいなさそうだ。マリーの部下たちは戦闘経験が浅いことから、今回は後方支援に回ったと見えた。全員無傷のようで、マリーがそっと息を吐くのを、奏澄は視界の端で捉えた。
「おいカスミ、こいつ頼めるか」
「! イーサン!」
ラコットが呼んだ方へ慌てて行くと、ラコットの舎弟の一人、イーサンが腕を押さえていた。
「切られたんですか」
「自業自得なんだよ。自分から突っ込んでいきやがって」
「やー、つい興奮しちゃって」
軽い調子で笑っているが、要するに本来負わなくて済む怪我を、無茶な戦い方によって負った、ということだ。イーサンは舎弟たちの中でも年若い。血気に逸ったのだろう。奏澄は黙って手当てをした。
「あざっす、船長。……船長?」
黙ったまま俯く奏澄を覗き込んで、イーサンはぎょっとした。奏澄が、声一つ上げずにぼろぼろと涙を零していたからだ。
「え、せ、せんちょ」
「イーサン、一つ約束してください」
奏澄は、イーサンの怪我をした方の掌を、両手でぎゅっと握った。
「戦闘がある以上、怪我をするなとは言いません。でも、自分の身を危険に晒すような戦い方はしないでください」
「う、うっす」
「本当にわかりましたか?」
軽い返事に、奏澄がずいと顔を近づけると、イーサンはその分体を引いた。
「わ、わかったわかりました!」
「約束ですよ」
涙を拭って、奏澄は他に怪我人がいないかどうか見回りに行った。
残されたイーサンは、大きく息を吐いた。
「は~~、びびった」
「お前役得だなぁ」
「役得とか言ってらんねっすよぉ、罪悪感ハンパないっす」
「んじゃ怪我しねぇことだな。安心しろ、明日からビシバシ鍛えてやっから」
「俺怪我人なんで勘弁してください……」
「うん?」
「娘だって言われたの、なんで嫌だったの?」
問われて、奏澄はあの時の気持ちを思い返した。服装のことを言われた時は一度堪えたのに、何故娘扱いは耐え切れなかったのか。
「子ども扱いされたのが、ショックだったから、かな」
一度は歳相応に評価してもらえたと思ったのに、そこからの落差があったことも要因だろう。
「でも、前にメイズは家族みたいなものって言ってたじゃないか。父親は嫌なの?」
「あれは……」
奏澄は口ごもった。あくまで、あえて言うなら家族が近い、というニュアンスだった。あの時は、それ以外に言い方が見つからなかったからだ。
「父娘だと、保護者と被保護者になっちゃうでしょ。もうちょっと、対等な関係でいたいというか」
「メイズはカスミの護衛なんでしょ。守ってもらうだけじゃ嫌?」
言われて、奏澄は考え込んだ。護衛なのだから、役割としては、守る者と守られる者になる。そういう意味では、保護者と被保護者というのもあながち間違いではない。
武力でも、生活面でも、奏澄はメイズに敵わない。それでも、船長として、できることを頑張ってきたつもりだ。乗組員を守ることは、船長の務めだと思っている。そこには、メイズも含まれる。
「私は、船長だから。メイズのことも、守ってあげたいと、思ってる」
「あんなに強いのに?」
「それは、戦闘面じゃ私の出る幕なんてないよ。でも、そういうことじゃなくて。嫌なこととか、悲しいこととか、そういうのからは……なるべく、遠ざけてあげたい」
「それは、他の乗組員も同じ?」
「もちろん。みんな、笑ってて欲しいし、幸せになってほしい」
自分に関わることになったせいで、不幸になどなってほしくない。大変な思いをさせているからこそ、幸せになってほしいと思っている。
「じゃぁ、カスミの知らないところで、誰かのおかげでメイズが幸せになったとして、カスミは嬉しい?」
「メイズが幸せなら、嬉しいよ」
即答したが、僅かに喉が引き攣った。
奏澄はメイズの幸せを望んでいる。メイズが幸せになるというのなら、場所も過程もましてや相手など、関係無い。だというのに、小骨が刺さったようなこの違和感は、なんなのか。
メイズとは、決して離れないと約束した。奏澄の一番近くに居続ける限り、メイズが他の誰かと特別親密になることは難しいだろう。だからだろうか。別の誰かがメイズを幸せにできるのなら、奏澄は必要ない。奏澄はメイズがいないと生きられないが、メイズは奏澄がいなくても生きられる。それが、怖いのだろうか。
眉を顰めて首を捻る奏澄に、マリーは苦笑した。
「フィルターが強いねぇ」
「え?」
「いや。ま、時間はありそうだし、よーく考えるといいよ。この旅の終着点を考えれば、自分の気持ちがうやむやなままだと、後悔するかもしれないからね」
どういう意味か、と聞こうとして、船に大きな音が響き渡った。それに、背筋がひやっとする。これは、警戒態勢の合図だ。直後、船が揺れた。慌ただしい空気が伝わる。
マリーがドアを開け放ち、廊下に向かって叫んだ。
「何事だい!」
「マリー、敵襲だ! お前は船長と船室に隠れててくれ!」
「わかった!」
居合わせたラコットの舎弟と言葉を交わし、マリーは部屋に戻った。
敵襲。その言葉に、奏澄は青ざめた。未だに、慣れない。鼓動が速くなり、手が震える。
「カスミ、カスミ」
落ちつかせるように、マリーがカスミの背を軽く叩いた。
「大丈夫だよ。戦闘員も増えたんだし、腕の見せどころじゃないか」
「うん……。そう、だよね。みんな強いし、大丈夫」
「そうそう。ほら、一応手当ての準備でもしとこうか」
「うん。ありがとう、マリー」
マリーとて、全く不安が無いわけではないはずだ。マリーの部下も戦闘訓練に参加していたということは、おそらく実地訓練で今回の戦闘にも出ているだろう。怪我をするかもしれない。
それでも、カスミがいるから。マリーはカスミを任されたから、この場を離れて部下の様子を見に行くことも、不安な顔を見せることもしないのだ。
だったら奏澄にできることは。例え強がりでも、気丈に振る舞い、マリーを不安にさせないこと。そして、戦闘から戻った乗組員を労わることだ。
万が一怪我を負った乗組員がいた時のために、奏澄とマリーは医療用具の準備をした。
敵襲の知らせから暫くして、戦闘終了の合図が響いた。ほっとして、奏澄はマリーと上甲板に出る。
戦闘の跡が見える様子に、奏澄は一瞬くらりとしたが、何とか踏みとどまる。
ざっと見渡したところ、大怪我をしている乗組員はいなさそうだ。マリーの部下たちは戦闘経験が浅いことから、今回は後方支援に回ったと見えた。全員無傷のようで、マリーがそっと息を吐くのを、奏澄は視界の端で捉えた。
「おいカスミ、こいつ頼めるか」
「! イーサン!」
ラコットが呼んだ方へ慌てて行くと、ラコットの舎弟の一人、イーサンが腕を押さえていた。
「切られたんですか」
「自業自得なんだよ。自分から突っ込んでいきやがって」
「やー、つい興奮しちゃって」
軽い調子で笑っているが、要するに本来負わなくて済む怪我を、無茶な戦い方によって負った、ということだ。イーサンは舎弟たちの中でも年若い。血気に逸ったのだろう。奏澄は黙って手当てをした。
「あざっす、船長。……船長?」
黙ったまま俯く奏澄を覗き込んで、イーサンはぎょっとした。奏澄が、声一つ上げずにぼろぼろと涙を零していたからだ。
「え、せ、せんちょ」
「イーサン、一つ約束してください」
奏澄は、イーサンの怪我をした方の掌を、両手でぎゅっと握った。
「戦闘がある以上、怪我をするなとは言いません。でも、自分の身を危険に晒すような戦い方はしないでください」
「う、うっす」
「本当にわかりましたか?」
軽い返事に、奏澄がずいと顔を近づけると、イーサンはその分体を引いた。
「わ、わかったわかりました!」
「約束ですよ」
涙を拭って、奏澄は他に怪我人がいないかどうか見回りに行った。
残されたイーサンは、大きく息を吐いた。
「は~~、びびった」
「お前役得だなぁ」
「役得とか言ってらんねっすよぉ、罪悪感ハンパないっす」
「んじゃ怪我しねぇことだな。安心しろ、明日からビシバシ鍛えてやっから」
「俺怪我人なんで勘弁してください……」