「お待たせしました」

 奏澄から話を聞くために、メイズ、ライアー、マリーの三人は既に会議室に集まっていた。
 何からどう説明すれば良いのか。悩みながらも、奏澄はなるべく事実だけを詳細に伝えた。何が必要な情報となるかわからないからだ。
 話を聞き終えた三人の様子は、三者三様だった。メイズは考え込むようにし、ライアーは青ざめ、マリーは感心した風情だった。
 震えながら、ライアーが口を開く。

「なぁ、まさかとは思うけどさ。その地下で撃ってきたのって……オリヴィア総督?」
「どなた?」
「セントラルのトップだよトップ! って、ああ、そうか、カスミは知らないよな」
「トップって……え、でも、若い女性だったけど」
「若いって言っても、メイズさんと同じくらいだよな、確か」

 ライアーがマリーに話を振ると、マリーも思い出すようにしながら答えた。

「さぁ、正確な年齢は知らないけど。でもま、総督やるには若いでしょ」
「よっぽど凄い人なの?」

 奏澄からすれば、軍人は皆怖い。しかし自分が相対(あいたい)した人物がそれほどの権力者ならば、奏澄が感じた底知れぬ恐怖は真っ当なものなのかもしれない。
 セントラルの事情に疎い奏澄に、ライアーが説明を加えた。

「超がつくほど有能な人だよ。今のセントラルが軍事国家なのは、あの人の功績だしね。元は宗教国家だったけど、先代国王から様変わりして、軍事方向に舵を切りだしてさ。今の形に落ちついたのは、現国王がオリヴィアを総督に就けてからだな。今じゃ国王より総督の方が実権を持ってるくらいだ。武器もここ十年でかなり変わった」
「本当に凄い人だったんだ……。あれ、でも追ってきた人たちが持ってた銃って、メイズのより古いよね?」
「一般兵はね。軍の制式装備にしちゃうと、払い下げとかであっという間に民間にも流通するから。制限してるんじゃなかったかな? 今は戦争もしてないし、クーデターの方が怖いんだろ。佐官以上はライフルも使えた気がするけど」
「そうだったんだ」

 ということは、あの追手の中に佐官以上がいた場合、ライフルで狙撃された可能性があったということだ。階級が下だったのか、使用許可が間に合わなかったのか、事情は定かではないが、対抗できないような装備で来られなくて良かったと、今更ながらに肝を冷やす。

「能力を差し引いても、あの人は特別なんだよ。さっき宗教国家だったって言ったろ。えーと、カスミは白の海域の成り立ちって知ってる?」
「図書館の本でちょっとだけ。神様や天使が住んでたんでしょ」
「そうそう。んで、オリヴィア総督はその『神の血』を引いてるってわけ」
「え!?」

 素直に目を丸くする奏澄に、マリーが苦笑混じりで付け足した。

「そういう『言い伝え』って話ね。セントラル王家は元は神の一族で、代々受け継がれる白銀の髪と金の瞳がその証なんだって。で、オリヴィア総督は元々王家の人間なのさ」
「なんだかすごい話だね」
「あの見た目は目立つからなー。軍服に白い長髪なんて、他にそうはいないだろ」
「瞳の色は見た?」
「暗かったから、そこまでは」

 はっきりと見たわけではないが、言われてみればそうだったような気もしてくる。
 王家が神の子孫である、というのは珍しくない。日本の天皇とて、今でこそ象徴とされているが、元は天照大御神(あまてらすおおみかみ)の末裔という根拠のもと崇められていたのだ。
 それ故奏澄の感覚としても珍しくはないが、それよりも気になることがあった。

「神の血を引く一族がいるなら、悪魔の血を引く一族っていうのもいるの?」

 それは単純な興味だった。白の海域の話を読んだ時に、黒の海域の話も読んだので、話ついでの雑談のようなものだった。
 しかし、奏澄がそう聞いた途端、何故かその場は静まり返り、ライアーとマリーが窺うようにメイズに視線をやった。
 聞いてはいけないことだったのだろうか、と奏澄が焦りだした頃、メイズが重たそうに口を開いた。

「いるには、いる」
「そ、そうなん、だ」
「だがお前には縁の無い話だ。気にするな」
「うん……わかった」

 何故か、深くは聞けなかった。

「それにしても、あのオリヴィア総督相手に、一人で逃げ切ったんでしょ? なかなかやるじゃん! 見直したよ」

 場の空気を変えるように明るく言って、マリーが奏澄の肩を抱いた。ほっとして、それに乗る。

「マリーのくれた閃光弾のおかげだよ、ありがとう」
「正直ただの気休めにしかならないと思ってたけど、役に立ったなら何より」

 奏澄が一人で行動するにあたり、マリーが殺傷能力の無いトリッキーなアイテムをいくつか授けていた。使うことになるとは思わなかったが、備えておいて良かったと心から安堵した。

「その場にいたのが本当にオリヴィアなら、カスミの見たものはかなり機密性の高いものなんだろう」
「問答無用で撃ってくるくらいだしねぇ」
「で、そのやばい本ってのが、これか」

 机に置かれた一冊の本を、その場の皆が眺める。

「まさか持ってきちゃうとは」
「ご、ごめんなさい」
「責めてないよ、驚いてるだけ」
「でも……そのせいで、セントラルと敵対することになっちゃったし。みんなにも、迷惑かけることになる」

 本を持ち出したことを、後悔はしていない。例え止められたとしても、同じようにしただろう。
 それでも、旅の危険度が増したことは否めない。だから、これはけじめだ。

「思ってたより、大変なことになっちゃったかもしれないけど。みんなのおかげで、無事でいられたの。本当にありがとう。できればこれからも、力を貸してほしい。お願いします」

 自分の事情に巻き込むことになると、最初からわかっていた。だから今更、そこに遠慮はしない。でも、ちゃんとお願いをしたい。人を頼ることを、当たり前だと思いたくはないから。

 頭を下げる奏澄に、マリーはからからと笑った。

「何言ってんの! 危険なんて最初から承知の上さ。あたしらだって、得があるからここにいるんだしね。セントラルに睨まれるのが怖くて、商人なんかやってらんないよ」
「そうそう。コイツだって持ち出し禁止品持ってきてるからな。人のこと言えないぜ」
「ライアー! それは黙っときな!」

 ライアーを小突いたマリーは、奏澄に向き直った。

「それに、あたしあんたのこと結構好きだよ。びびりなお嬢ちゃんかと思ってたけど、なかなか度胸も根性もあるし、何より人を大事にするからね。あんたの船なら、暫く付き合うのも悪くないと思ってる」
「マリー……」

 思わず目が潤む。こんな風に、正面から好きだと言ってもらえるなど、思ってもみなかった。

「オレも元々カスミに惚れて付いてきたんだしね。このくらいで抜けたりなんかしないさ」
「ライアー……あんた」
「ち、違う違う! そういう意味じゃなくて! あれだ、人として!?」
「うん、わかってる。ありがとう、ライアー」
「そうすぐ納得されちゃうのもなんだかな~」

 彼らが仲間で、良かった。そして、何よりも。
 奏澄がメイズに目を向けると、目だけで返してくる。良かったな、と言っている気がした。
 それに、奏澄は満面の笑みで返した。

「話がまとまったところで。船長、この先どうする?」
「あ、えっと……このコンパスが指してる先に、行ってみようかなって思うんだけど」
「無の海域を指してるかもって? そう単純なもんかねぇ」
「だが、現状手掛かりはそれしかないな。この本の中身を解読する必要がありそうだが、俺の知識ではどうにも」
「オレも暗号は専門外~」

 この場の面子では、誰も本の中身を理解できなかった。読み解くためには、必要な知識があるのだろう。

「今指してる方角は……緑の海域の方か」
「特に危険のある海域でもないしね。とりあえず行ってみる分にはいいんじゃない?」
「そうだな。カスミ」

 メイズに呼ばれ、コンパスが嵌められたペンダントを手渡される。

「これはお前が持っていろ」
「うん……わかった」

 唯一の手掛かり。絶対に、失くすわけにも壊すわけにもいかない。肌身離さず持っていよう、と奏澄はその場でペンダントを首から下げ、人から見えないようにコンパスの部分を服の中に入れた。
 かつて、そこには違うものがあった。それを懐かしく思いながら、ペンダントを指でそっと撫でた。今日からはこれが、奏澄を導くものだ。