夕陽が落ちかけた森の中を、かぼちゃの馬車は、軽快に王室へと向かっていた。
私の隣にはアッシュがいる。
青ざめた顔で。
「……死にそう……」
「アッシュ、しっかり」
私は彼女の背中を撫でながら励ました。
今から時を遡ること30分前。
何か高速移動手段が使えないのか、と言う私に、アッシュは首を激しく横に振った。
「ふざけんなよ。カボチャの馬車は必須アイテムだろ! シンデレラというヒロインの素朴な魅力がカボチャの馬車という素朴な乗り物で増幅されるんだよ!」
うん。
君ならそう言うよね。分かってた。でも。
「ガタゴト道を1時間なのよ? 私、すごく酔いやすいの……」
「それくらい耐えろ! 君は物語のヒロインだろ!」
「はーい……すみません……」
そんなやり取りがあったのに……。
「乗り物に弱いのは私だけじゃなかったんだ……」
「うるせー」
アッシュはぷいっと顔を背けた。
「どうしよう。酔い止めなんて持ってないし……魔法で何とかできないの? 妙な職人気質を発揮してる場合じゃないわよ」
アッシュは気弱そうな声で言った。
「健康に関する魔法は、命に関わるから無理……」
「そっか……」
「魔法使いなんていざという時には役立たない……医者はすごいよな……あれこそがホンモノだろ……」
「アッシュがネガティブになっている……!」
「ああ、もう限界だ! 止まれ!」
アッシュの命令に馬はキキーッと急ブレーキ。
「うぷ……」
アッシュは馬車から飛び降りて道端で豪快にリバース。
美人はそんなシーンまで絵になるんだ、と感心する私。
とんとんと背中を叩きながら、マーライオン状態のアッシュを見守る。
「……少し休ませてくれ」
気落ちした態度でアッシュは言った。
「うん。ごめんね。私のために無理させて」
「いや……謝るのは俺の方だ……けど、今は無理……長く喋ってたら言葉より別なものが出ちまう」
アッシュが馬車の中に戻ると、私は馬に話しかけた。
「ずいぶん早足だったね。疲れてない? イングリード」
馬は私に鼻面を近づけこう言った。
「大丈夫です。エラ様。案外楽しいものですよ。ヒヒーン」
馬はイングリードの声で喋った。
(シュールだわ……)
◇ ◇ ◇
またまた時を遡る。
カボチャの馬車で移動すると決定した後、「はい、あの」とイングリードが挙手のポーズをとった。
「アッシュ様。私も連れていってください。エラ様の事が心配なのです。とんでもないポカをして、せっかくのチャンスをふいにするのではないか、きょどって動けなくなるのではないか、さっきから胃が痛くて」
確かに彼女が一緒だと心強い。
だが、引率者が必要なシンデレラって、それ、どうなんだろう。
「イングリードったら。心配性ね。こんなに素敵にしてもらえたのだもの。大成功をおさめて帰るから。安心して」
「……さっきまで半泣きだったくせに」
「ふふふ。今は失敗する気がしないわ!」
「すぐに調子に乗るから不安なのですよ。まあ、それだけではありません」
イングリードは続けた。
「私もこの物語の主要人物になりたいんですよ……だって原作にメイドなんてどこにも登場してないじゃないですか。エラ様が王子とうまくいけば、私はどうなるんです? 最悪消えるのでは? そうなる前に手をうっておきたいのです」
私はぽかん、と口を開けた。
確かにハッピーエンドを迎えた後の自分たちがどうなるのか、私も知りたいとは思っていた。
でも、どうせわからないから、とすぐに考えるのをやめ、何の対策も採らなかった。
それなのにイングリードは早速生き延びる方法を探している。
(すごいなあ。私とは大違い)
見習わなきゃ、なんて思っていたら、
「というわけで私を馬にしてください」
爆弾が落とされ、私は思わずひっくり返りそうになった。
「何言ってるの? 冗談はやめて!」
「本気も本気。大真面目です」
イングリードはアッシュに迫る。
「原作には魔法でハツカネズミを馬、ドブネズミを御者にしたと書かれてあったじゃないですか。人間の私なら両方やれます。コストカットできる上に、私の存在価値も上がります。どうでしょう? アッシュ様。お互いWin-Winじゃありませんか?」
「そうだな。さすがイングリード。ナイスアイデア」
「まさかの採用?!」
というわけで、イングリードは馬になり私たちを舞踏会へと運んでくれているのだ。
本当にこれでいいのだろうか……不安しかない。
「ごめんね……あ……そうだ。私としばらく交代する?」
「シンデレラが馬だなんて。論外です」
「……でもでも申し訳なさで死にそうよ」
「大丈夫です。エラ様。私、嫌なことはしませんから。結構楽しいですよ。案外スピード狂なのかも」
「……私を安心させるための強がりじゃないといいんだけど…………」
とはいえ、もうこれ以上は何も言えない。
(アッシュ、元気になったかな)
馬車に乗ろうとした時グルグルという唸り声がした。
そして獣臭。
「あ……」
振り向くと、10m ほど前をこちらに向かって歩いてくる巨大なヒグマが目に入った。
口からダラダラと涎が滝のように流れている。
鋭い眼光はひたと馬=イングリードに向けられていた。
(どうしよう。アッシュを呼んでくる? で、でも間に合わない!)
大声を出すのも恐くて出来ず、私は震えながら、イングリードに寄り添った。
私の隣にはアッシュがいる。
青ざめた顔で。
「……死にそう……」
「アッシュ、しっかり」
私は彼女の背中を撫でながら励ました。
今から時を遡ること30分前。
何か高速移動手段が使えないのか、と言う私に、アッシュは首を激しく横に振った。
「ふざけんなよ。カボチャの馬車は必須アイテムだろ! シンデレラというヒロインの素朴な魅力がカボチャの馬車という素朴な乗り物で増幅されるんだよ!」
うん。
君ならそう言うよね。分かってた。でも。
「ガタゴト道を1時間なのよ? 私、すごく酔いやすいの……」
「それくらい耐えろ! 君は物語のヒロインだろ!」
「はーい……すみません……」
そんなやり取りがあったのに……。
「乗り物に弱いのは私だけじゃなかったんだ……」
「うるせー」
アッシュはぷいっと顔を背けた。
「どうしよう。酔い止めなんて持ってないし……魔法で何とかできないの? 妙な職人気質を発揮してる場合じゃないわよ」
アッシュは気弱そうな声で言った。
「健康に関する魔法は、命に関わるから無理……」
「そっか……」
「魔法使いなんていざという時には役立たない……医者はすごいよな……あれこそがホンモノだろ……」
「アッシュがネガティブになっている……!」
「ああ、もう限界だ! 止まれ!」
アッシュの命令に馬はキキーッと急ブレーキ。
「うぷ……」
アッシュは馬車から飛び降りて道端で豪快にリバース。
美人はそんなシーンまで絵になるんだ、と感心する私。
とんとんと背中を叩きながら、マーライオン状態のアッシュを見守る。
「……少し休ませてくれ」
気落ちした態度でアッシュは言った。
「うん。ごめんね。私のために無理させて」
「いや……謝るのは俺の方だ……けど、今は無理……長く喋ってたら言葉より別なものが出ちまう」
アッシュが馬車の中に戻ると、私は馬に話しかけた。
「ずいぶん早足だったね。疲れてない? イングリード」
馬は私に鼻面を近づけこう言った。
「大丈夫です。エラ様。案外楽しいものですよ。ヒヒーン」
馬はイングリードの声で喋った。
(シュールだわ……)
◇ ◇ ◇
またまた時を遡る。
カボチャの馬車で移動すると決定した後、「はい、あの」とイングリードが挙手のポーズをとった。
「アッシュ様。私も連れていってください。エラ様の事が心配なのです。とんでもないポカをして、せっかくのチャンスをふいにするのではないか、きょどって動けなくなるのではないか、さっきから胃が痛くて」
確かに彼女が一緒だと心強い。
だが、引率者が必要なシンデレラって、それ、どうなんだろう。
「イングリードったら。心配性ね。こんなに素敵にしてもらえたのだもの。大成功をおさめて帰るから。安心して」
「……さっきまで半泣きだったくせに」
「ふふふ。今は失敗する気がしないわ!」
「すぐに調子に乗るから不安なのですよ。まあ、それだけではありません」
イングリードは続けた。
「私もこの物語の主要人物になりたいんですよ……だって原作にメイドなんてどこにも登場してないじゃないですか。エラ様が王子とうまくいけば、私はどうなるんです? 最悪消えるのでは? そうなる前に手をうっておきたいのです」
私はぽかん、と口を開けた。
確かにハッピーエンドを迎えた後の自分たちがどうなるのか、私も知りたいとは思っていた。
でも、どうせわからないから、とすぐに考えるのをやめ、何の対策も採らなかった。
それなのにイングリードは早速生き延びる方法を探している。
(すごいなあ。私とは大違い)
見習わなきゃ、なんて思っていたら、
「というわけで私を馬にしてください」
爆弾が落とされ、私は思わずひっくり返りそうになった。
「何言ってるの? 冗談はやめて!」
「本気も本気。大真面目です」
イングリードはアッシュに迫る。
「原作には魔法でハツカネズミを馬、ドブネズミを御者にしたと書かれてあったじゃないですか。人間の私なら両方やれます。コストカットできる上に、私の存在価値も上がります。どうでしょう? アッシュ様。お互いWin-Winじゃありませんか?」
「そうだな。さすがイングリード。ナイスアイデア」
「まさかの採用?!」
というわけで、イングリードは馬になり私たちを舞踏会へと運んでくれているのだ。
本当にこれでいいのだろうか……不安しかない。
「ごめんね……あ……そうだ。私としばらく交代する?」
「シンデレラが馬だなんて。論外です」
「……でもでも申し訳なさで死にそうよ」
「大丈夫です。エラ様。私、嫌なことはしませんから。結構楽しいですよ。案外スピード狂なのかも」
「……私を安心させるための強がりじゃないといいんだけど…………」
とはいえ、もうこれ以上は何も言えない。
(アッシュ、元気になったかな)
馬車に乗ろうとした時グルグルという唸り声がした。
そして獣臭。
「あ……」
振り向くと、10m ほど前をこちらに向かって歩いてくる巨大なヒグマが目に入った。
口からダラダラと涎が滝のように流れている。
鋭い眼光はひたと馬=イングリードに向けられていた。
(どうしよう。アッシュを呼んでくる? で、でも間に合わない!)
大声を出すのも恐くて出来ず、私は震えながら、イングリードに寄り添った。