夜の空を白いドラゴンが飛翔する。
丸い月が間近にあって、私は思わず息をのむ。
「ドラゴンに乗るのは夢だったのよ……まさか叶うなんて」
ドラゴンの鬣を掴みながら、私は感動に震えていた。
背後には私を守るように、アッシュが控えていて、金色の髪をなびかせている。
「ううううう。綺麗……目の保養だわ……」
ここでもまた、特等席。
幸せすぎる。
私はドラゴンに声をかけた。
「無理しないでね。疲れたら遠慮せず休むって言ってね。イングリード」
変身技を極めたイングリードは長いヒゲを震わせながら言う。
「承知しました。でも安心してください。空を飛ぶのってとても気持ちが良いものですよ」
彼女の順応力は本当にすごい。こんな人だとは、八年間、全然気が付かなかった。
「それにしてもなあ。王子、あのままにしておいて良かったのか? ことの顛末を見届けなくても大丈夫?」
アッシュが尋ねてきた。
「ええ」
「ストーリーが変わるの、心配じゃねーの?」
「大丈夫。だって他人をコントロールすることはできないもの」
この半日で私はたどり着いてしまったのだ。
私はヒロインだけど、ヒロインじゃないっていう、真実に。
「アッシュ。私ってすごく傲慢だったと思うの。この物語のヒロインは私。ずっとそう思っていた……でも私はこのシンデレラという物語の中でたまたまシンデレラになったって言うだけ。実際には王子にだって背負っているものや感情があった。イングリッドやメアリーたちだって、彼女たちの中では自分が一番の主人公だったのよ。もちろんアッシュ。あなたもね。それを無視して私の都合に合わせようとしていた。私がシンデレラなんだから、主人公なんだから、って……」
「君は責任感が強いんだよ」
「うん。だから今すごく肩が軽いわ」
私は笑った。
「王子の問題はきっと王子が解決する。もしかしたらうまくいかないかもしれないけれど……その時にはもちろんできることがあれば手伝うわ。でもきっと大丈夫。そんな気がするの」
「君がそう言うならそうだと思うよ。けどな、これまでもこれからも、俺にとっての主人公は君だ。君が世界を拓く。そして俺はサポートする。それだけが俺の存在意義だ」
私はまじまじと彼女を見た。
運命はそれぞれが切り開くもの。
私にそう教えたのは彼女である。
そのアッシュこそが、運命に……私に……囚われている気がするのは何故なのだろう。
(……きっと、何か考えがあるのよ)
人の心は複雑だ。
今はその気持ちだけ受け取っておこう。
「ありがとう。心強いわ」
正面からの風が心地よい。
「これからは自分らしく生きていいのね……でもどうすればいいのか、さっぱりわからないわ。私はシンデレラストーリーに依存しまくっていた。この先が全く見えない。物語に出てくる転生ヒロインはかなり行動的なのよ。得意なことを生かしてお店を開いたり、国をよくしたりボランティア活動の延長でいろんな人を幸せにしたり。あああああ私もこの八年間、特技と生きがいを見つければよかった!」
改めて地中のセミだった8年間が悔やまれる。
「スタート地点に戻れるなら、頑張るのになあ」
「ははっ」
「何がおかしいの?」
「気が付いた時がスタート地点だよ。エラ。人は変われる。変わろうと思ったその時に。そう信じて今まで頑張ってきたんだろ?」
アッシュの言葉はストンと私の胸に落ちてきた。
「そうね」
「何か好きな事から始めてみたら」
「好きなこと……」
後ろを向いた私の目にアッシュのドアップが飛び込んできた。
その瞬間、ひらめいた。
「私、アッシュみたいになりたいかも……」
「え?」
「なりたい職業とかやってみたいことはまだ思いつかないけど、でもあなたみたいな素敵な人になってみたい、って気持ちはあるわ……だからまずはそこを目指そうかな」
あ、私ワクワクしてる。
これが本当にやりたいことだからだ。
普通のヒロインみたいに崇高な目標を立てられない私は、やっぱりシンデレラ失格だ。
それでも私はしょぼいまま、シンデレラをやり抜こうとたった今静かに覚悟する。
「なるほど。俺ねえ」
アッシュは苦笑した。
「まあ、君は少しビジュアルにこだわった方がいいからな。俺がビシバシしごいてやるか」
「わー。本当? ありがとう!」
リンゴ―ン。
と、その時どこからか鐘の音が鳴った。
アッシュが言う。
「12時の鐘の音だな」
「えっ」
身に着けていた黄色いドレスがたちまちいつものメイド服へと変わってしまう。
ガラスの靴はそのままだったが、片方、脱げてコロコロと下へ落ちてしまった。
「あ……」
身を乗り出した私の視界に、アッシュが……いや、見知らぬ美形の男性が入り込み、私は思わず息をのむ。
金色のつんつんした短髪、吊り上がり気味の目、高い鼻。
えっと、この顔は……アッシュにそっくりなんですけど!
「え、だ、だ、誰!?」
やっと声が出ると、男性は「あ、俺も戻ったな」と聞き覚えのある声で言った。
「アッシュだよ。あ、元の顔、知らなかったっけ」
「っていうか、あなた、男の人だったの!?」
「そうだよ」
えええええええ、嘘!
「じゃあ、じゃあ、私の理想のヒロインは。あの金髪ロングの美少女は」
「だから女装だって言ってるじゃん」
「除草……草挽きじゃなかったの……!」
混乱してあわあわしていたらバランスを崩し、私はドラゴンの背中から真っ逆さまに夜の空へと落ちていく。
「きゃああああああ」
仰向けに落下していく私。ドラゴンがあっと言う間に遠ざかる。
でも、すぐに落下のスピードは止まり、私はアッシュに横抱きにされていた。
「大丈夫?」
至近距離で囁かれ、宝石みたいな青い目に見つめられる。
「あ……」
12時の鐘が鳴り終わり、何かが新しく始まろうとしていた。
おわり
丸い月が間近にあって、私は思わず息をのむ。
「ドラゴンに乗るのは夢だったのよ……まさか叶うなんて」
ドラゴンの鬣を掴みながら、私は感動に震えていた。
背後には私を守るように、アッシュが控えていて、金色の髪をなびかせている。
「ううううう。綺麗……目の保養だわ……」
ここでもまた、特等席。
幸せすぎる。
私はドラゴンに声をかけた。
「無理しないでね。疲れたら遠慮せず休むって言ってね。イングリード」
変身技を極めたイングリードは長いヒゲを震わせながら言う。
「承知しました。でも安心してください。空を飛ぶのってとても気持ちが良いものですよ」
彼女の順応力は本当にすごい。こんな人だとは、八年間、全然気が付かなかった。
「それにしてもなあ。王子、あのままにしておいて良かったのか? ことの顛末を見届けなくても大丈夫?」
アッシュが尋ねてきた。
「ええ」
「ストーリーが変わるの、心配じゃねーの?」
「大丈夫。だって他人をコントロールすることはできないもの」
この半日で私はたどり着いてしまったのだ。
私はヒロインだけど、ヒロインじゃないっていう、真実に。
「アッシュ。私ってすごく傲慢だったと思うの。この物語のヒロインは私。ずっとそう思っていた……でも私はこのシンデレラという物語の中でたまたまシンデレラになったって言うだけ。実際には王子にだって背負っているものや感情があった。イングリッドやメアリーたちだって、彼女たちの中では自分が一番の主人公だったのよ。もちろんアッシュ。あなたもね。それを無視して私の都合に合わせようとしていた。私がシンデレラなんだから、主人公なんだから、って……」
「君は責任感が強いんだよ」
「うん。だから今すごく肩が軽いわ」
私は笑った。
「王子の問題はきっと王子が解決する。もしかしたらうまくいかないかもしれないけれど……その時にはもちろんできることがあれば手伝うわ。でもきっと大丈夫。そんな気がするの」
「君がそう言うならそうだと思うよ。けどな、これまでもこれからも、俺にとっての主人公は君だ。君が世界を拓く。そして俺はサポートする。それだけが俺の存在意義だ」
私はまじまじと彼女を見た。
運命はそれぞれが切り開くもの。
私にそう教えたのは彼女である。
そのアッシュこそが、運命に……私に……囚われている気がするのは何故なのだろう。
(……きっと、何か考えがあるのよ)
人の心は複雑だ。
今はその気持ちだけ受け取っておこう。
「ありがとう。心強いわ」
正面からの風が心地よい。
「これからは自分らしく生きていいのね……でもどうすればいいのか、さっぱりわからないわ。私はシンデレラストーリーに依存しまくっていた。この先が全く見えない。物語に出てくる転生ヒロインはかなり行動的なのよ。得意なことを生かしてお店を開いたり、国をよくしたりボランティア活動の延長でいろんな人を幸せにしたり。あああああ私もこの八年間、特技と生きがいを見つければよかった!」
改めて地中のセミだった8年間が悔やまれる。
「スタート地点に戻れるなら、頑張るのになあ」
「ははっ」
「何がおかしいの?」
「気が付いた時がスタート地点だよ。エラ。人は変われる。変わろうと思ったその時に。そう信じて今まで頑張ってきたんだろ?」
アッシュの言葉はストンと私の胸に落ちてきた。
「そうね」
「何か好きな事から始めてみたら」
「好きなこと……」
後ろを向いた私の目にアッシュのドアップが飛び込んできた。
その瞬間、ひらめいた。
「私、アッシュみたいになりたいかも……」
「え?」
「なりたい職業とかやってみたいことはまだ思いつかないけど、でもあなたみたいな素敵な人になってみたい、って気持ちはあるわ……だからまずはそこを目指そうかな」
あ、私ワクワクしてる。
これが本当にやりたいことだからだ。
普通のヒロインみたいに崇高な目標を立てられない私は、やっぱりシンデレラ失格だ。
それでも私はしょぼいまま、シンデレラをやり抜こうとたった今静かに覚悟する。
「なるほど。俺ねえ」
アッシュは苦笑した。
「まあ、君は少しビジュアルにこだわった方がいいからな。俺がビシバシしごいてやるか」
「わー。本当? ありがとう!」
リンゴ―ン。
と、その時どこからか鐘の音が鳴った。
アッシュが言う。
「12時の鐘の音だな」
「えっ」
身に着けていた黄色いドレスがたちまちいつものメイド服へと変わってしまう。
ガラスの靴はそのままだったが、片方、脱げてコロコロと下へ落ちてしまった。
「あ……」
身を乗り出した私の視界に、アッシュが……いや、見知らぬ美形の男性が入り込み、私は思わず息をのむ。
金色のつんつんした短髪、吊り上がり気味の目、高い鼻。
えっと、この顔は……アッシュにそっくりなんですけど!
「え、だ、だ、誰!?」
やっと声が出ると、男性は「あ、俺も戻ったな」と聞き覚えのある声で言った。
「アッシュだよ。あ、元の顔、知らなかったっけ」
「っていうか、あなた、男の人だったの!?」
「そうだよ」
えええええええ、嘘!
「じゃあ、じゃあ、私の理想のヒロインは。あの金髪ロングの美少女は」
「だから女装だって言ってるじゃん」
「除草……草挽きじゃなかったの……!」
混乱してあわあわしていたらバランスを崩し、私はドラゴンの背中から真っ逆さまに夜の空へと落ちていく。
「きゃああああああ」
仰向けに落下していく私。ドラゴンがあっと言う間に遠ざかる。
でも、すぐに落下のスピードは止まり、私はアッシュに横抱きにされていた。
「大丈夫?」
至近距離で囁かれ、宝石みたいな青い目に見つめられる。
「あ……」
12時の鐘が鳴り終わり、何かが新しく始まろうとしていた。
おわり