王子が階段から下りてきた。
 ゆっくりと。
 双眼鏡で見た印象と同じく不機嫌そうだ。
 その目が……

(ん?)

 なぜだか私に向けられている気がする!
 間違いない。バッチリ目があっている。
 私はいつのまにかスポットライトの中にいた。
 輪の中にいるのは私だけ。間近にいるアッシュやイングリードすら入っていない。

 王子が私の前に立つ。
 スポットライトは彼と私の2つになった。
 王子は至近距離にいる。
 その目と表情があまりにも暗くて、私は不良に呼び出しをくらった過去を思い出していた。
 真面目で害がないはずの私だが、髪の毛がある日はねていて、それがちょっとだけオシャレに見えたらしい。
「その髪にハサミをいれてやろうか!」と凄まれて、足がすくむほど恐かった……。
 王子の目はその時の不良の敵意に満ちたものとそっくりだった。
 私、何かやらかした?
 そんな気分になってしまう。
 怯えている私に向かって、王子が口を開いた。

「お前、名前は?」
「エ、エラ.ケネスウッドです」
「変な名前だな。まあ、いい。お前を俺の妃にする」
「え?」

 王子は私の片手を高くあげた。

「妃が決まったぞ! エラ.ケネスウッドだ」

 いきなりファンファーレが鳴り響く。
 どん、という音がして窓の外から花火が見えた。

「ど、ど、ど、どういうこと?」

「おめでとうございます」の声が、あちこちから投げかけられる。
「あ、ありがとう……って、どうして?」

 私はキョロキョロと「嘘でした!」の札を探した。
 しかし、そんなものは見つからず、私は本当にプリンセスの冠を射止めてしまったようだった。
 そりゃ、私は物語のヒロインで。
 こんな感じで、膝に手をおいてじっとしていれば、運命が歩み寄ってくれると、今朝がたまで信じていた。
 しかし、アッシュやイングリードの考えは違っていて……。
 色々あって、ついさっき、自分で運命を手繰り寄せられるようにならなきゃ、と方向転換をしたのだった。
 もしかして、その見立てが間違っていたの?
 運命は勝手に落ちてくるものなの?
 頑張っても頑張らなくても、私の前には王子というぼたもちが落ちてくる事になっていたの?

 だったら、ここはストーリーに合わせて、この場から逃げ出すべきなのだろうか。
 ガラスの靴を片方残して。
 そして王子に追わせるべきなのだろうか。
 でも、この冷たい目をした人が、私を探しに来てくれるとは思えなくて。

 どうしよう。どうしよう。

 私は隣にいるアッシュに助けを求めようとしたが、

「じゃあ、行くぞ。ついて来い」
 
 王子に手首をつかまれて、私は引きずられるようにフロアを後にしたのだった。



 妃選びが終わった後も舞踏会は続けられた。
 王と王妃の祝福を受けた後、私は王子にいざなわれ、大きく空中へと突き出したバルコニーへと移動した。
 なんだかとてつもなく居心地が悪い。
 狙い通りというか想定通りに妃の座を射止めたと言うのに、嬉しさも恥ずかしさもロマンもなかった。 私はまるで囚人として連行された気分だった。
 王子は満月をバックに私に言った。

「最初に言っておく。俺はお前を愛する気はない」
「え?」

 想定外のセリフに私は驚きの声を上げた。

「えっと、これ、シンデレラの物語ですよね?」
「はあ?」
「あ、すみません。口をはさんでしまって。続きをどうぞ」
「お前は便宜上の妻だ。だから一生愛さない」
「うぬぬぬぬ、やっぱり違う物語な気がする……」

 いきなり難題がふってきた。
 アッシュたちから色々アドバイスを受けたはずなのに、どうしたらいいか、全然思いつかないよ。

「わかったか。お前は便宜上の」
「もういいです。理解しました」

 私は、はあっと溜め息をついた。

「あの、じゃあ、どうして私をお妃にしようと思ったんですか? あんなに女性が沢山いたのに、その中から選んだってことは何か理由があったわけでしょう?」

 王子はせせら笑った。

「自分に魅力があるとでも思ったか。自惚れやのバカ女」

(会話パターンが継母姉と似てるわ……! 良かった。耐性があって……)

 しかし、ヘラヘラ笑ってやり過ごす事はできない。
 だって不思議で仕方がないのだもの。

「ただ、知りたいだけですよ。ミステリーの謎が解けなかったら気持ち悪いでしょう? それと同じ感覚です」
「気持ち悪いだ? あ? 王子たる俺に向かって言ってるのか?」

 この人、メアリーの双子の兄かしら?
 どうやら空耳が聞こえるようだ。

「……違います。王子の本心が知りたいだけですよ」

 私は真剣だった。
 王子は全く無意識に、これといった理由もなく私を選んだのかもしれない。
 もしそうなら、未来は運命の導きによって決まるという私の最初の見解が正しいことになる。しかし、もし理由があるならば、それは私が運命を自ら引き寄せたことを意味する。
 これは、間違いなく重大なポイントだ。

「あの、もしかして一目ぼれとか……?」
「はああああああああ? 今、魅力があるなどと一切思ってないとか言ってなかったか?」
「あ、はいっ。そうでしたね! だったら何なんでしょうか。焦らさずに教えてくださいませんか」
「王に、結婚しないと城を追い出すと言われた。だからだよ」
「え?」
「王は僕が遊び呆けていると思ってるんだ。違うのに。いざとなったら本気出す。今は地中に潜って時期を見ているのさ……本番が来るまでエネルギーを温存してね」

 これまた、どこかで聞いたことのある言説である。

(共感性羞恥がキツいわ……)

「なるほど。王子様もセミの幼虫だったんですね」
「はあ??」
「あっ。すみません。続きをどうぞ」
「そうやってのらりくらりしてたんだが、もう待てないと言われた……だから誰でも良かったんだ。太ってても不細工でも腹黒でも全然いい。どうせお飾りの妻だからな」

 なんだか堂々巡りである。
 私はこめかみを刺激しながら尋ねた。

「あの、だからどうして私に? 他にもいっぱい女の人はいたじゃないですか。それなのに私に声をかけたってことは何か理由があったんでしょう?」

 さっさとそこだけ教えてほしい。
 でないと、この先の計画が立たない。PDCA が回せないのは非常に困る。

「黒髪が目立っていたからだ。初めて見る色だった。それに黄色のドレスが映えていた」
「なるほど。黒髪はあまり見かけませんでしたね」

 次を待ったが、全然話が進まない。

「え……? まさかそれだけが理由じゃないですよね」
「それだけの理由だが?」
「マジですか…………」

 どこから突っ込んでいいのかわからないが、私の知っているシンデレラはこんなんじゃない。
 どう修正をすればいいのか、困り果ててしまう。

(んーでも、アッシュとイングリードの選んだドレスが効いたってわけよね? じゃあ、やっぱり、運命は自分で切り開くものなのかな?)

 だとしたら、この性格がゆがんだ王子とも、ディスカッションを続けて互いの落としどころを探るべきなのかな。

「まあ、どうせお前も金と地位が大好きなバカ娘だろう。子供を1人でも生みさえすれば、適当に愛人を作っていいぞ。お前が何をしようと俺には全く関係ない。浮気をしようが死のうが、どうでもいいからな。どうだ? 嬉しいか?」

 私が未来を思って考えこんでいたら、王子はそんな事を言い出した。

(なんたる性格の悪さ!)

 私は唖然としてしまう。

 その時だ。

「黙って聞いてりゃ……いい加減にしろよ!」

 と、何かが弾丸のように飛び出してきて、王子の前に立つとそのほっぺたを思いっきりグーで殴った。

「ああああ?」

 王子が頬を庇いながら大声をあげる。

「アッシュ!」

 見るとそこには怒りのためかブルブル震えているアッシュがいた。