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 チャイムを鳴らしたら鍵をあけていいと言ったのに、飛田林くんは鍵をあけなかった。
 礼儀正しい。いや、頑固? とはいえ、あたしも下手に動けないので
「あけていーよー!」
 と叫んで、人差し指をスタンバイする。
 カチャカチャと鍵の解かれる玄関。あたしが念押ししたとおり、扉はゆっくりひらかれた。足音が遠慮がちに近寄る。
 いまだ! わくわく跳ねる心臓をおさえて、人差し指でそれを突く。
「小湊さん、入るよ? 俺、はやく帰りた――」
 ダダダダダーッ――と自分に向かって倒れてくるドミノにおどろいた飛田林くんは、中途半端に言葉を止めて大きく目を見開いた。
 息を殺して必死に並べたのに、終わってしまうのはほんの一瞬。最後のひとつがパタンと倒れると、辺りは沈黙に包まれた。
 彼はゆっくりまばたきしてから、大きな身体を屈めてあたし渾身の虹色グラデーションドミノをじいっと見つめた。ワンルームのわりに長い廊下がはじめて役に立った。
「いらっしゃい、飛田林くん。すごいでしょ? ひとつひとつアクリル絵の具で塗ってグラデーションにしたんだよ」