飛田林くんは顔を上げて、あたしを見た。さっきよりもさらに眉間に皺が寄っているけれど、そんなことはお構いなしだ。あたしは彼の手をひっ掴んだ。

「えっ、ちょっと」

「はいこれ。チャイム鳴らしたらすぐに鍵あけちゃっていいから」

「は?!」

 アパートの鍵は彼の手のひらにすっぽり収まった。これでもう飛田林くんはうちに来るしかない。

 突き返されるまえに、あたしはすぐさまレジから離れた。

「来てって言われても俺は」

「玄関はゆっくりひらいてね」

「いや、だから」

「ゆっくりだからね。ゆっくり」

「だから」

「待ってるから!」

 のんきに電子音を鳴らす自動ドアから、あたしは外へ飛び出してそのまま一気にアパートの階段を駆け上がった。運動不足のせいか、遠足前夜に似た高揚感のせいか、心拍数がぐんぐん上がる。

 だめだ。落ち着かなきゃ。落ち着かなきゃ、この計画は成功しない。

 ひんやりする玄関扉にもたれかかって、あたしは息を整える。

 さあ、かまそうか?