「そういえばその人、なんかめずらしい名字だったよね。なんだっけ、えっと」

「お待たせいたしました。柑橘フルーツのタルトとベリーアイスティーです」

 やってきた店員に、セリちゃんははーいと愛想よく返事して、なぜかタルトをあたしに寄越した。

「あげる。お腹いっぱいになっちゃった」

 なんだかなあと思いながら、タルトにフォークをいれる。セリちゃんはまだ名字を思い出そうとしているようで、視線をあちこち巡らせる。

「なんだっけな。なんか長ったらしい名字だったのは覚えてるんだけど。道明寺とか桜小路みたいなのじゃなくて、えっと……あ、なんとかバヤシっ!」

 その瞬間、フォークの下でぷちんと果実の皮が破れて、目の覚めるような甘酸っぱい香りが広がった。太陽にぎゅぎゅっと凝縮された果汁が、ぽつぽつと皿をオレンジに濡らす。

 散らばっていた不透明な記憶があちこちから集まって、いっせいに着色した。

「セリちゃん……。あたし、かましてくる」

「かますって、なにを?」

 カルサリの夜をかましてくる。つぶやいたあたしを太陽が笑った。