「麻生、少しはスッキリしたか?」

バッターボックスから出ると倉田課長に聞かれた。
涙に濡れる私の顔を見た倉田課長が驚いたように眉を上げ、困ったような表情をした。

「麻生、どうした?」

心配そうに私を見る倉田課長を見たら、これ以上、気持ちは隠せなかった。

「倉田課長、一つだけお願いを聞いてくれますか?」
「なんだ?」
「今から独り言を言いますが、聞かなかった事にして下さい」
「ああ」

倉田課長の顔を真っすぐに見つめる。
緊張で鼓動が速くなる。気持ちを伝えるのが怖い。
でも、もう黙っていられない。

「倉田課長の事が大好きです」

倉田課長の切れ長の目が大きく見開かれた。
今まで見た事のない戸惑った表情だった。

「そんな顔しないで下さい。ただの独りごとですから」
「麻生、ありがとう。それから、ごめん」

答えはわかっていたのに、やっぱり胸が痛い。
拭ったばかりの目に、またじんわり涙が浮かぶ。

あーくそ。泣くな、私。
ごしっと手の平の甲で涙を拭っていると、ポンポンって優しく肩を叩かれた。

「ごめんな、麻生」

申し訳なさそうな声が切なくなる。
倉田課長はいつも寄り添ってくれる人だ。だから仕事を頑張れた。成長出来た。
これ以上、倉田課長に心配をかけてはいけない。ちゃんと気持ちに区切りをつけなきゃ。

「次は一人でバッターボックスに入ります」

涙を拭って、バッターボックスに入る。
白い球が飛んでくる。思いきり空振りをした。次の球も、その次の球も空振りをした。
何度、バッドを振ってもタイミングが合わない。何だか私の恋みたい。

「麻生、がんばれ! 負けるな!」と後ろから力強い声がした。
告白した後も変わらず私を応援してくれるのが嬉しい。
この人を好きになって良かった。気持ちを伝えられて良かった。
今夜で私の恋は終わりにする。そう覚悟を決め、バッドを構える。

最後の球が飛んでくる。

「麻生、今だ。打て!」

全力でバッドを振った。
白球が私の恋心と一緒に夜空高く飛ぶ。

これで私の恋は終わり。
さよなら、倉田課長。

終わり