「……失恋か」

倉田課長が静かな声で言った。

「あ、倉田課長に失恋した訳ではないですから」

今の言い方だとそう捉えられてしまう気がして焦った。

「わかっているよ」

クスッと笑った倉田課長が正方形に折りたたまれたハンカチを私に差し出す。
奥さんがアイロンしたハンカチだと思ったら妬けた。

「使ってないから綺麗だぞ」

おどけたように言い、課長は私の手にハンカチを握らせる。
ハンカチで涙を拭くと甘い柔軟剤の匂いがする。いつも倉田課長から香る匂い。奥さん好みの柔軟剤かもしれない。倉田課長のどこを見ても奥さんが見える。既婚者なんて好きになるもんじゃない。早くこの恋は終わりにしなきゃ。

「麻生、今夜時間あるか?」
「はい」
「じゃあ、俺につきあえ」

ドキッとした。まさか倉田課長からそんな申し出があるとは思わなかった。
私の顔を見て、課長が「そんな怯えた顔をするな。取って食いはしないから」と言った。

怯えた顔をしたつもりはなかった。ただ、飛び上がりたい程、嬉しい感情を我慢したら、表情が強張ってしまった。