「だ、大丈夫ですか?」

「だいじょぶっす。それより、とれてよかったあ。ちょっとヒールんとこ傷ついちゃってますけど。どぞ、履いてください」

「えっ。あ、はい」

 黒く汚れてしまった大きな手は、救いだしたハイヒールをがっちりと支えた。居たたまれない気持ちで左足をいれる。

 アツキくん。このハイヒール、なんかエロくていいとか馬鹿なこと言ってたなあ。終わってしまった蜜月が、ふつふつとよみがえる。

「あーっ!」

 突然、なんの前触れもなく獅子央さんが雄叫びをあげた。びっくりしておののくと、困ったように眉を下げた。

「由比さん、まだ電車あります?」

「あっ……」

「ないっすよね」

 瞬間移動でもしないかぎり、もう間に合わない。それでも満喫なんかに行けば一晩くらいどうにでもなる。

「獅子央さんはまだ電車あるんですか?」

「俺はこれから行くとこあるんで、明日の朝まで帰らないんすよ」

 ほっとして胸を撫でおろした。私を助けたせいで獅子央さんまで帰れなくなってしまっては申し訳ない。

 それにしても、いったいどこへ行くのだろう。飲み会? ジム? いやいや、さすがに朝まで筋トレはしないだろう。

 あれこれ考えていると、獅子央さんの目がぱあっと光った。

「あのっ。よかったら、由比さんも来ませんか?」