「由比さんっ。どうしたんすか」

 私がついてきていないことにやっと気づいた獅子央さんが、肩を揺らしてやってきた。

「ヒールが溝にはまっちゃって……」

「まじっすか。由比さん、いったん靴、脱いでください。俺が引っ張ってみます」

 言われたとおりに左足を抜くと、獅子央さんはハイヒールを引っ張った。顔がみるみる赤く染まっていく。それなのにヒールはびくともしない。最悪なシンデレラフィット。

 通り過ぎる人の視線が痛い。じろじろ見るくらいなら助けてくれ。

「あの……。もういいですよ。私、どっかでスリッパでも買って帰るんで」

「だいじょぶっす。もう少しだけ待ってください」

「でも……」

「こんなにきれいな靴、諦めたらもったいないっすよ。だいじょぶっす。ぜったい、どうにかします」

 大丈夫だと繰り返し、獅子央さんはふたたびハイヒールを引っ張った。

 首筋を伝う無数の汗。グレーのTシャツはすっかり色濃くなっていた。

 そこまで仲がいいわけでもないのに、どうしてこんなに必死になってくれるのだろう。ここで引き下がったらかっこ悪いとでも思っているのだろうか――なんて考えているとヒールがスポッと側溝から抜けて、獅子央さんはどすんと尻もちをついた。