私はけっして獅子央さんが嫌いなわけじゃない。それでも、バイトを終えたら一人になりたい。店でにこにこにこにこ愛想笑いをふりまいた後は、とことん顔の筋肉を休ませてあげたい。

 だけど、親切にしてくれてるわけだし。無下に断っても嫌な雰囲気になるだろうし。

 私は獅子央さんと並んで歩き出した。隣に並ぶだけで圧迫感がすごい。昼間だったらいい日除けになりそう。この筋肉を仕上げるには、いったいなにをするのだろう。五キロのお米の袋ですら持ちたくない私には、獅子央さんの筋トレ好きは理解できない。

 それにしても、歩くのが速い。というより、歩幅が大きい。サーロインステーキのような背中はどんどん遠ざかる。

「わっ!」

 突然なにかに左足をとられて、身体が前のめりになる。心臓が縮み上がり、咄嗟に踏ん張った右足で身体を支える。

 危機一髪。こんなガチガチのアスファルトに身体を打ちつけたら、たまったものじゃない。

 いったいなにに足をとられたのだろう。まだ強張っている身体で振り返ると、左足のヒールが側溝にぴたりとはまっていた。力いっぱい足を引いてみても、うんともすんとも動かない。

 いやいやいや、うそでしょう。

 血の気がさあっと引いていく。