獅子央さんは前のめりに言って、無邪気に笑った。この知識はきっと、アフタヌーンティー好きの元カノからの受け売りだろう。こんなふうに話せることがうらやましい。

 私もそのうち、変われるだろうか。胸の奥に無理やり押し込んではあふれ出してくるアツキくんとの思い出に、ちゃんと向き合えるだろうか。

「獅子央さん。これ、あげます」

「え、いいんすか」

 私はまだ手をつけていないスコーンを獅子央さんに差し出した。スコーン三つなんかで獅子央さんの胃袋が満たされるとは思えない。それにポップコーンはほとんど私が一人で食べたようなものだった。

「私、お腹ふくれてきたんで大丈夫です。獅子央さんはまだミルクティーもたっぷりありますし、ペアリング楽しんでください」

「ありがとうございます、由比さん」

 ふいに、獅子央さんの瞳が私を捉えた。穏やかな、春の陽射しのような瞳。私は静かに息をのんだ。

 スコーン。もっとよく噛んで食べるべきだったかもしれない。胸がつかえて、くるしい。くるしくて、甘い。

「映画、つき合ってくれてありがとうございました。めちゃくちゃ楽しかったっす。それにうまいスコーンの店も知れたし」

「私こそ、助けてもらったし……」

「助け、ですか?」

「ヒール。引っこ抜いてくれたじゃないですか」

 獅子央さんは斜め上に視線をやり、五秒ほど経ってから「ああ!」と大きく頷いた。その過剰なリアクションに、私は口をあけて笑った。