会場を出てすっかり暗くなった空を見上げると、本物の星空はペンライトの光の海に比べて遥か遠く、先程までの光景が全部夢だったんじゃないかとさえ思える。

 けれど、遠くに光る三日月が笑っているようで、それはステージで花咲くように綻ぶ燈夜くんの笑顔に似ていた。わたしはアクリルスタンドを掲げて、空に向かって微笑み返す。

「ありがとう……燈夜くん。世界一幸せな夜だった」

 確かにあの時、一瞬目が合って、彼に魂ごと奪われた。あの瞬間が泡沫の夢だったとしても、幻だったとしても構わない。跳ねた鼓動は、その衝撃は本物だ。わたしは鮮明な内に、何度も記憶を反芻した。

 ライブの帰り道には同じように恍惚に浸るファンたちが居て、歩く度にその数が減っていった。それぞれが日常へと帰るのだ。
 熱の余韻を残したまま辿る、夢の終わり。叶うことならずっと、あの時間の中に居たかった。あの刹那を永遠にしたかった。

 それでも、明日は仕事だ。これから新幹線に乗って、わたしは現実に戻らなくてはいけない。家に帰りつくのは日付を越えた後だろう。

 電車待ちの駅のホームで、わたしはライブ終わりの写真を載せてくれるメンバーのSNSをチェックする。
 そして『いいね』と押した赤いハートは、すぐにたくさんの数字の内のひとつになる。
 きっともう二度と、燈夜くんがわたしのハートだけをまっすぐ奪ってくれることはない。

「それでも……燈夜くん、愛してる……」

 本来決して交わることのない、叶うこともないこの気持ち。彼と付き合いたいだとか、そんな夢を見るつもりもない。
 けれど、どうしようもない程溢れるこの気持ちを止める術を、わたしは知らなかった。

 元々人より身体も弱く、人見知りで誰かと関わることが苦手だったわたしが、一人でライブのために遠征して、知らない人とグッズ交換なんて出来るくらいに強くなれたのは、燈夜くんに恋をしたからだった。
 Starry Nightと出会えたから、わたしは今こうして生きている。

 やがてやってきた電車に乗り込み、会場で身体を貫いたスピーカーからのサウンドより遥かに静かに揺られながら、夢の地を後にする。

 SNSでライブの感想を呟いたり、他の参加者の感想を眺めたりしながら過ぎ行く可惜夜の中、わたしはそっと目を閉じる。
 目蓋の裏で何度でも思い浮かべる、もう二度と向けられることのない愛しい瞳。赤い光の海で交わった、一瞬の奇跡。
 わたしはあの瞬間を永遠にするように、ぽかりと空いた胸の奥に、深くこの夜を刻んだ。