そんな私の言葉に、彼はひどく傷ついたような悔しそうな顔で、下唇を噛んだ。

「俺たち、……いや、オレはあいつにハメられたんだ」
「は? あいつって?」
「……美香だ」

 義博は、憎々し気に自分の妻の名前を口にした。

「はぁ? なに? あなたたち喧嘩でもしたの? あの子はこれっぽっちもそんなこと言ってなかったけど……」

 義博の様子があまりにもおかしいので、私は、思わず彼の肩に手をかけ、そっと彼の隣に腰を下ろした。互いの膝頭が触れる。小さめの二人掛けソファは窮屈で、座り直そうにも身動きが取りづらかった。私は、敢えて気がつかないふりをする。俯きがちに前傾姿勢になり、自身の膝の前で両手を組んでいる義博も、互いの距離の近さに気がついているはずなのに、二人の接触部が離れることはなかった。

 しばらく何かを考えるように沈黙を守っていた義博だったが、意を決したのか、小さく息を吸い、ポツリポツリと話し始めた。

「オレと美香が付き合った……というか、結婚した理由って、話したことがなかったよな?」
「……うん」
「あいつからは?」
「聞いたことない。ただ、あなたから告白されたって聞いただけ」
「告白?」

 私の言葉に、義博は訝しそうに眉を顰める。

「そう。あなたに、結婚を前提にって、言われたって。違うの?」
「ああ。そう言うことか」

 義博は、呆れたように鼻で笑った。

「確かに、それは言った。いや、言わされた」
「言わされた?」

 今度は、私が眉を顰める番だった。

「ああ。あいつは、うちの金が目当てだ」
「まさか」

 信じられない思いで、言葉を口にするが、彼は力なく首を振る。

「本当だ。あいつの日記にそう書いてあった。しかもあいつは、お前の気持ちにも気が付いていた。お前が惚れる程の相手だから、オレを奪うと……」
「何それ? どういうこと?」
「あいつは、ずっとお前に勝ちたかったんだ。あいつには、お前が何でも苦もなく手に入れている様に見えているらしい。だからオレを……」
「ちょっと待ってよ」

 私は、悔しそうに話す義博を制す。

「あなたを奪うって……あなたとは友達で、別にそういう関係じゃ……」
「オレは、いずれそういう関係になろうと思ってたよ! 茉莉花だって、そうだろ?」

 彼は勢いに任せて私の手を握り、真っ直ぐに私の瞳を見つめてくる。その視線を避ける様に顔を逸らし、私は小さくつぶやいた。

「でも……でも、あなたは美香を選んだ」

 私の言葉に項垂れた彼の口から、苦し紛れの声が漏れた。