ブーケを渡されてから、私の心には、どす黒い靄のようなものがかかっていた。いつもならば、くだらないと思いながら聞き流せる美香の甘ったるい惚気話が、癪に障る。くだらない話が、いつにも増してくだらなく聞こえる。

 聞き流せばいい。そう思うのに、そのくだらない言葉は汚泥のように私の中に溜まっていく。汚泥に塞がれて息がうまくできない。苦しい。

 そう思った時、美香が暢気な声をあげる。

「ちょっと茉莉花。ちゃんと聞いてる?」

 限界だ。なぜ、私がこんな奴の惚気を延々と聞かなければならないのか。

 私は、最大限の作り笑顔で相槌を打つと、この後も予定があるからと言って、その場から逃げ出すことにした。美香は、もっと話したかったのにと、不満げな顔をしたが、私は、もう、一秒だってこいつの顔を見ていたくなかった。

 何が幸せになって欲しいだ。私から幸せを奪った張本人が、よくも呑気にそんな事が言えるものだ。こんな花束まで渡してきて、私にマウントを取ってるつもりだろうか。

 苛立ちが抑えきれず、自宅に戻ると、手にしていた紙袋をソファに投げ捨てる。ソファの上で跳ねた紙袋は、横倒しになり、その拍子に小さな花束が床に転がり落ちた。

 私は、それを無視するように、わざとフンと鼻を鳴らし、そのままキッチンへ向かう。冷蔵庫から缶ビールを取り出し、そのままゴクゴクと音を鳴らして一気に半分程を飲み干してから、盛大なため息と共に、缶をバンと打ち付けるようにしてダイニングテーブルに置いた。あまりの勢いに、中身が少し溢れたことに、更に苛立つ。

 イライラとしている原因は、分っている。私は、美香と自分を比べているのだ。

 結婚したからと言って、人生の勝ち組というわけじゃない。自分がいかに満足に人生を送るかが大切なのだ。本当に心からそう思っている。

 だから、周りがいくら結婚しようと、出産しようと、私は、焦ったりはしない。笑顔で『おめでとう』の言葉を送ってきた。

 でも、美香だけは、あの子にだけは、心から『おめでとう』とは言えなかった。義博と付き合う事になったと報告された時。結婚すると聞いた時。おめでたいなんてこれっぽっちも思わなかった。

 ただただ悔しかった。負けたと思ってしまった。それからは、あの子の言動がいちいち鼻につく。

 ブーケプルズだって、本当なら、そんなに目鯨立てるほどの事じゃない。独身だからなんだっていうのだ、そう笑い飛ばせるイベントだったのかもしれない。