「うふふ。かわいいでしょ? ソレね。私がお式で使ったブーケを、少し小さくしてもらったものなの」

 嬉しそうに目を細めてブーケを見る美香。しかし、その目が笑っていないような気がして、私は思わず美香から目を背ける。そんな私の些細な動揺など気がつかないように、美香の甘ったるい声が嬉しそうに、言葉を奏で続ける。

「知ってると思うけど、本当は、盛大にお式をやるつもりだったのよ? でも、あのウィルスのせいで、親族だけのこじんまりとしたお式になっちゃったでしょ? それで、茉莉花にも来てもらえなくなっちゃって……」

 そうなのだ。数カ月前に突然、感染力の高いウィルスが蔓延しだし、感染防止の観点から、世の中は、軒並み大人数で集まることを規制された。それは、日常の飲食に始まり、冠婚葬祭といった集まりにまで至る。もちろん、美香たちの結婚式も、中止か、規模の大幅な縮小の決断を余儀なくされた。それで、美香は、先日親族だけで結婚式を済ませていた。

「本当は、サプライズ企画で、ブーケプルズをやるつもりだったのよ。あ、もちろん、形だけなんだけどね。だって、私、初めからブーケは茉莉花に渡すって決めてたから」

 その言葉に、私は思わず眉をピクリと動かした。しかし、それを誤魔化すように、私は、頬にかかった髪をスッと手櫛で梳いてから、カップにわずかに残った、もう冷めきってしまった紅茶へと手を伸ばす。その間も、美香は楽しそうに、もう一生開催されないであろう結婚式について語り続けている。

「まぁ、やらせって言っちゃえばそうなんだけどね。でも、どうしても、私のブーケは茉莉花に受け取ってもらいたかったのよ。だから、当たりのリボンをスタッフの人から、茉莉花に渡してもらうようにお願いまでしてたのよ」

 楽しそうに真相を語る美香の言葉に、思わずカップを持つ手が止まる。喉から出た声は、思いのほか硬かったが、美香は気がついただろうか。

「何それ、私、聞いてない」
「うん。だって、サプライズだから」
「どうして?」
「え?」
「どうして、そこまでして、私に?」
「だって、私は、どうしても、茉莉花に幸せになってほしいのよ。ほら、花嫁のブーケを手にした人は、次に必ず幸せになれるって言うでしょ?」

 美香の言葉に心の中の重石がズシリと動いた気がした。結婚式が親族のみになって、本当に良かった。危うく私は大勢の前で晒し者にされるところだったのか。一瞬でそんな思いが胸に渦巻いた。