【 26日 ある女寡の家 】
 ……しばらくは家を出るのはマズいかもな。なんというか殺気立ってる奴らがいる。恐らく昨日殺った男の方の部下たちが、犯人を探しているんだろう。まぁでも、ああいうヤツと関わる方が悪い。
何を思い立ったか、私は高校の卒業アルバムを開いていた。三年六組のページには朝霧奈々、東美香、雨谷智美、……そして君の名前があった。思い出と変わらないその笑顔は、ちゃんと写真に残っている。見送る時は泣かないって決めていたのにいざその姿を見ると無理なんだよな、あんなに笑顔が素敵な君を笑って送ることなんて。君が亡くなってから、もう10年も経ったのか。信じられないなぁ。きっと君が今の私を見たらバカって言うんだろうな。後に引けないなんて分かりきってる、君を見送った日にはもう覚悟をしていた。もし生きていたら、もしあの時助けられていたら君は幸せだったんだろうか?……たらればの、イフの未来を考えても無駄か。
あぁ、そうだ。忘れないうちに印をつけておかなくちゃ。机からペンを出し茉莉と美津留の顔写真に大きくバツをつける。これで4人全員の分は終わった。もう思い残すことは無い。……よし、死のう。
 ナイフを取りに行こうとした時だった。漫画だったらバーンと効果音がつきそうなそんな勢いで、玄関のドアが開けられた。
「ただいまー!姉ちゃん!」
相変わらず元気のいい弟が帰ってきた。弟は暁第一病院に勤めている。将来有望な外科医なんだとか噂されているらしい。
「おかえり。今日は早いんだな」
「うん。それよりどうしたの?アルバムなんか見てさ」
「……別になんでもない、友達のことを思い出してただけ」
「ふーん、そうなんだー。……あっそうだ!悪いけど買い物行ってきてくんない?牛乳とバターだけだから、お願い!」
そう言ったきり、弟は部屋に引っ込んでしまった。……全く自分で行けよバカ弟、なんて愚痴を聞こえないように呟く。でも居候の身だから仕方ないか。
「はいはい。じゃ、行ってきまーす」
「いってらー」



 【 同日 】
 ……嫌な天気だな。バターと牛乳を買った帰り道、薄暗い路地裏に差し掛かった時だった。……フフ、やっぱり私はツイていないようだ。
「見つけたぞっ、清水さんの仇だっ!」
誰かの叫び声が背後から近づいてくる。後ろに飛び退きながら振り返る。ナイフを持った一人が突っ込んできていた。
「……やっぱりか」
私は心の中で弟に謝りレジ袋をぶん投げる。見事突っ込んできたナイフを持つ一人に命中。バランスを崩し派手に転倒する。一時的な時間稼ぎはできたな。さて……どうするかな?まずは話し合ってみるか。
「ちょっと待て。お前ら、雷威鴉の組員だよな?リーダーを殺したのは私じゃない」
「嘘をつくな!お前が清水さんを殺した事くらい分かってんだ!俺らの情報網をバカにするなよ!」
残念無念、嘘は通用しないか。『嘘つき』だってのに。相手はナイフ持った青年とキャップ被ったイケ男と腰にチェーンをつけた如何にも半グレの男の三人。まぁいけるか。
「覚悟しとけよぉ?」
「うるせぇ!」
ナイフが再び突っ込んでくる。ナイフの突きを軽く避け、得物を持つ手を掴み投げ飛ばす。なかなかな音を立て地面にぶつかった。
「ぐふっ……」
情けない声を出してナイフは気絶した。しまった、一人に気を取られている間にキャップの奴が制空圏に入ってきていた。奴がアッパーカットを繰り出すがギリギリで避ける。避ける動作を利用ついでにサマーソルトをお見舞いしてやった。今日はパーカーにしなくて良かった。バク転で少し距離を取る。
「くそっ、なんでアンタこんなに強ぇんだよ」
「知りたいか?なら教えてやるよ」
キャップの鼻辺りに当たったのか、ダラダラと鼻血が出ていた。
「うちのバカ親父に死ぬ程鍛えられてきたからだよ、お陰様で格闘技は強いぞ」
「マジか、嘘だろ」
キャップが驚いた表情を浮べる。
「嘘じゃねえんだなそれが、目の前に起きてるのが事実なんだよ」
キャップはすっかり戦意を喪失したのか、気絶したナイフの元に駆け寄っていった。
「さて、あとはアンタだけだな。どうする?」
「リーダーやられて逃げてられっかよ!」
己を奮い立たせるようにチェーンがそう叫ぶと、何かを取り出した。街灯の光を受けて黒光りしたそれは拳銃だった。
「「はああ?嘘だろ!」」
キャップと私の声がダブった。キャップの避けろという声が薄っすらと聞こえた。
「死ねぇ!」
銃弾が放たれるタイミングを見計らって、右方向に大きくステップを踏む。Tシャツの脇腹辺りをかすめていった。ちょっと焦げちゃったじゃないか、オキニなのに。銃弾が当たると思っていたのだろう、"避ける"動きを想定してなかったチェーンは呆気にとられていた。
いやいや、私も避けられるなんて微塵も思っていなかったさ。ただ高校の時に射撃部入ってたからね、多少は狙い所が分かるってもんよ。
「流石にそれはダメだなぁ。君後で警察行きなよ?」
呆けている奴に全力の腹パンを食らわせた。体から力が抜けて半グレは地面に崩れ落ちた。おっけい、全員無力化成功。
「次から来るなよ?お前ら」
「は、はいっ。モチロンです!」
唯一意識のあるキャップが答えた。
……家出た目的なんだったけ?そうだ、牛乳とバターを頼まれてたんだった!やってしまった、袋を投げたせいで二つとも使えそうもない状態になっていた。弟に怒られるっ!
「あの、どうしました?」
「最初に投げた袋に頼まれたのが入ってたんだよ」
「でしたら、僕が買ってきましょうか?あなたに危害加えた身としてなんかやっときたいです」
「君、犯罪者向いてないよ」
「えっ、そうっすか」
キャップの口調がやけに丁寧になっていた。なんだかんだ彼に買ってきてもらい、私は無事家へ辿り着いた。
弟にこっぴどく叱られたのは言うまでもない。